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伝説のホップだけでつくったビール「SORACHI1984」をつなぐ者たちの物語<エピソード2~「フィールドマン」という仕事 後編~>

 ソラチエースで作った「SORACHI 1984」を巡る当連載では、前回、前々回と育種家という職務を取り上げました。今回ご紹介する「フィールドマン」も、育種家同様、国内のビール会社のなかではサッポロビールだけに存在する、独特の職務です。

 広い意味では「畑などの野外で働く人」といった意味合いで使われますが、サッポロビールのフィールドマンは、育種家が開発したホップや大麦を契約した生産農家の皆さんとともに育てていく、重要な仕事。今回はその「SORACHI 1984」の製造においてフィールドマンをつとめた上本允大に話を聞きました。

前編記事はこちら:https://blog.sapporobeer.jp/knowledge/14412/

■原料の自社開発と生産で生まれる製品化のスピード感

――前編では「生産者のかたに若いときはなかなか話を聞いてもらえなかった」と言っていましたが、苦労した点とか失敗談はありますか?

上本:やっぱり生産者との接し方には難しさを感じるときがあります。フィールドマンと生産者の関係では「いっしょにホップを育てている」ということがもっとも大事な部分だと思っています。だから生産者はサッポロビールの社員でこそありませんが、私にとっては“同僚”という感覚に近いですね。
一方で、売り手と買い手という立場の違いもあって、それが相手にとって不躾なものにならないよう、会話など接しかたには注意しているつりです。
前回お話したように育てにくい品種を育てるようお願いしたりすることもありますから、生産者との協力関係を維持していくのは育種家としてもフィールドマンとしても非常に大事なことなんです。

――フィールドマンとしての夢や目標はありますか?

上本:自分が育種家として携わった品種を自らの手で生産者のところへ届け、フィールドマンとして原料調達を行い、それが商品になることですね。今はそういう品種がひとつでも生み出せるように頑張っています。

――なるほど。フィールドマンは育種家と分かちがたい職務だけに、それが見事に連携して文字通り実を結ぶことが最大の目標となるわけですね。

上本:育種家とフィールドマンを両方やっていると、ホップを作ることに関しては品種開発から原料として調達し、工場に送り出すまでのすべての工程に携わることができるんです。
今まで私が育種家として大きく関わった品種は、限定的に生産された商品に使われたくらい。育成者として携わったものはあっても、育種家として「私が開発した」と胸を張れる品種、そしてフィールドマンとして生産に携われた品種はまだないんですよ。

――品種開発を自社で行っているのでテストケース的な商品で新たなホップの品種を使うといったこともできるんですね。

上本:そうですね。限定商品なら少量しか生産していない研究用のホップでもビールを商品化できます。ホップでビールの味や香りを差別化できることがお客様にもよく知られるようになったこともあって、意外と早く商品化の道が開けたりしますね。そのスピード感は原料を自社で開発・生産している強みですし、携わる者としてのおもしろさでもありますね。
そういった限定商品だけでなく、優れた品種を生み出し、それをメインに使った人気商品や定番商品が作られることが育種家、そしてフィールドマンとしての夢であり、目標ですね。

フィールドマンとして訪れたドイツで購入するホップを香りで選別している上本(左)たち。醸造家とも相談しながら良質のホップを選び抜く。

■仕事を通じてますますビールが好きに……

――お話をうかがってみて、育種家とフィールドマンという二つのお仕事は皆さんのなかでシームレスにつながっているのがわかりました。上本さんは、畑へと出向くフィールドマンとしての仕事と、研究所で品種開発に携わる育種家の仕事、どっちが自分に向いていると感じていますか?

上本:どっちでしょう? 最終的にはどちらの仕事もホップの収穫を目指すひとつの流れのなかにあるので、どっちは言い難いものがあります。
私は昔から実験が好きだったのですが、育種家の仕事はまさに作物の研究者。やる前から楽しいだろうと思っていました。でもフィールドマンとして生産者と向き合うのは楽しく充実した仕事ですし、いいホップができるととてもうれしいんです。どっちとは分かちがたいものがありますね。

――そもそもサッポロビールにはどういった経緯で入社されたんでしょうか?

上本:研究対象は違いますが鯉江と同じように大学時代は植物の研究をしていて、新卒で入社しました。サッポロビールの社員ってその多くは「ビールが好き」だからと入社すると思うんですけど、私は昔から植物を育てるのも好きで、「植物を触っていたいな」と思い、この仕事を選びました。
ただ、私はビールも好きなんです。だから入社時の面接ではとても素直に志望の動機を語ることができました(笑)。もっとも、この仕事をしていると、それほどでなかった人でもどんどんビールが好きになっていきますよ。

――原料の開発からビールづくりに関われるお仕事ですものね。

上本:育種家の仕事では、ビールとなったときの味や香りを想像しながら品種開発をします。ビールという飲み物について、必然的に一般の人とはちょっと違うレベルで詳しくなっていきますから、その奥深さがよくわかるんです。

――ビール好きにはたまらない仕事じゃないですか。スパンが年単位という違いはありますけれど、お刺身になった姿を想像しながら釣りをするようなものでしょうか?

上本:似ているかもしれませんね(笑)。関わる時間が長い分、「自分がこの品種を育てている」という思い入れも深いものがあります。

――ビールという商品はマスに生み出されるものですが、品種開発はかなり属人的というか、職人的な側面のある個人的な作業に思えます。それだけに達成感は大きそうですね。

上本:確かにそういう面はあるかもしれませんね。

――お話をうかがっていると、育種家として新たな品種を生み出した喜び、フィールドマンとしてそれが育った喜び、その品種が商品に活かされた喜び、そしてそれがお客様に美味しく飲んでいただける喜びと、大きく4段階くらいの喜びがあるんですね。

上本:4段階の悩みがあると言ってもいいかもしれませんね(笑)。新たな品種を育成してそこで終わり、ではなくて、それからあとに現れるハードルを次々に超えていかないと最終的な喜びにつながりません。

――お客様に喜んでいただける商品となったかどうかが、ゲームでいうラスボスみたいなものですね

上本:そうですね。でもきっとラスボスを倒せても次の面がまたはじまりますから(笑)。

ホップの畑に立つフィールドマンの上本(右)と、前回の記事で育種家として登場した鯉江(左)。ホップの品種や商品によって、2人の職務は入れ替わることもある。

■ソラチエースはどんな香り?

――フィールドマンとして上本さんが生産者に育てていただいている国内生産のソラチエースが今年の秋に初めて収穫を迎えますね。

上本:はい。まさに今、球花が育っている最中です。

――フィールドマンとして、あるいは生産者のかたからソラチエースならではの違いみたいなものがあったりしますか?

上本:フィールドマンとしてほかのホップとの違いは特にないですね。生産者からも特に育てにくいといった声は聞いていませんが、収穫を迎えたときに何か出てくるかもしれませんね。
ただ、育種家としてはやっぱりソラチエースが放つ独特の香りに驚かされました。年に数百種類と生み出される新たな品種の香りをかぐのですが、たとえば柑橘系の香りがするものなどはいくつも出てくるものの、ソラチエースに似たものはなかなか出てきません。その独自性を実感します。
私にとっては「無花果の葉の香り」なんですよ。

――え? どういうことですか?

上本:私の祖母が汗疹(あせも)に効くと言って、夏になるとよく無花果の葉を煮出した汁を塗ってくれたんです。ソラチエースの香りをかいだときに、それと同じ香りを感じたんです。

――鯉江さんとのお話で、香りは人によって感じ方が違うという話が出ましたが、あのときは体質的な話という意味でした。でもそうか、個人的な体験によっても香りに対する感じ方が違ってくるんですね。

上本:「無花果の葉の香り」と言っても誰にもわかってもらえませんけど、私にとってはとても思い入れのある香りで、それを二十数年ぶりになぜかホップから感じました(笑)。

――それはどちらの風習なんですか?

上本:私は奈良県出身なのですが、調べてみてもそんな風習は出てこないんですよね。ですので、祖母独自の知恵なんだと思います。

――フィールドマンとして関わったホップの香りがそんな個人的な体験と結びつくとはとても興味深いですね。そんなソラチエースが使われた「SORACHI 1984」というビールは、どんなときに飲むのがオススメですか?

上本:ホップの育種家という仕事柄、ホップの香りがしっかりしたビールが好み。「SORACHI 1984」は独特で強いソラチエースの香りが気に入っています。鯉江も言っていましたが、この香りを楽しみつつ、ゆったりと味わうのがいいと思っています。和食にも合うビールだと思うのでそういうマリアージュも楽しんでみて欲しいですね。

上本はソラチエースの独特な香りを祖母との思い出に寄せて表現する。香りの感じ方には体質などの違いだけでなく、個人の体験も大きな影響を及ぼすのだ。

――育種家同様、フィールドマンもまた、国内のビールメーカーではサッポロビールだけにある職務です。育種家が生み出した品種を、生産者に実際に育てていただくフィールドマンという仕事。継ぎ目なくつながった2つの仕事の一端がこの記事で理解できたのではないでしょうか?

次回はこうして生み出された原料をもとにビールを作る仙台工場勤務の醸造家、高尾龍之介のインタビューをご紹介します。ご期待ください。

原料開発研究所 北海道原料研究グループ 兼 購買部 フィールドマン
上本 允大(うえもと みつひろ)

2012年サッポロビール株式会社に入社。上富良野町のバイオ研究開発部(当時)に配属。それ以来、ホップの新品種開発や育種技術の開発に携わる。2015年からは購買部を兼務し、欧州ホップ(~2016)、国産ホップ(2017~)のフィールドマンを担当する。ホップ登録品種はふらのほのか、フラノブラン、フラノローザ、フラノフローラ、フラノマジカル、フラノクイーン。

(文=稲垣宗彦)

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