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日本の米の現在地。「銀座小十」奥田 透×「いばらき米の極み頂上コンテスト」最優秀賞 菊池 幸一 特別対談

サッポロビールでは、食文化を支える企業として地方自治体と連携し、さまざまな取り組みを行っています。この度、2025年度に茨城県が公募した「販路開拓チャレンジ事業」を受託。農産物をはじめとする茨城産品のさらなる販路拡大と、その魅力の発信を担います。

本記事では、「第5回いばらき米の極み頂上コンテスト」にて、レギュラー米部門のローズドール賞(最優秀賞)に輝いた大子(だいご)町の生産者・菊池幸一氏と、同氏の手がけたお米「ゆうだい21」を提供している「銀座小十」の店主・奥田透氏による特別対談をお届けします。

「いばらき米の極み頂上コンテスト」とは

茨城県が主催するコンテストで、県産米のおいしさと認知度を高めるために実施されている。2025年11月に開催された第5回大会では、レギュラー米部門は80点、有機米部門は22点の計102点の応募があった。

名店が認める「ゆうだい21」という新星

菊池:今回、私が育てた受賞米を取り上げていただき本当にありがとうございます。「銀座小十」では、この「ゆうだい21」をどのような形で提供されているのでしょうか。

奥田:コースの締めくくりとして、菊池さんの炊き立てのご飯をお出ししています。今月(取材時、3月)は「穴子の柳川鍋」と共に提供しており、お客様には資料をお見せしながら、菊池さんのことや「ゆうだい21」という品種の魅力、茨城県のお米コンテストについて、私自身の言葉でお伝えしています。

左:菊池氏 右:奥田氏
↑左:菊池氏 右:奥田氏
ゆうだい21

菊池:そこまで深く紹介いただけるなんて、本当に嬉しいです。味わいはいかがですか。

奥田:お米と同量程度の水加減で炊き上げているのですが、みずみずしさが際立ちとてもおいしいですね。一般的にお米といえば、コシヒカリという印象が強いですが、昨今の気候変動の影響があり、将来はコシヒカリを安定して作り続けることが難しくなるという声も耳にします。

その点、「ゆうだい21」は比較的新しい品種ですが、夏の暑さに強いという特性を持っています。コシヒカリの良さを残しながら繊細で綺麗な味わいを感じるので、これからさらに評価を高めていくはずです。何より、菊池さんのような作り手の丁寧な仕事ぶりが、お米を通じてダイレクトに伝わってくるのが印象的です。

また、現在の食卓では、さまざまなおかずとご飯を合わせますが「ゆうだい21」はどんな料理とも相性が良く、今の時代の食文化にマッチしていると感じます。まさに、大きな可能性を秘めた品種ではないでしょうか。

ゆうだい21が御茶碗にある
菊地氏と奥田氏が食べているところ

米作りに適した大子町の豊かな自然と
一粒に宿る作り手の情熱

――菊池さんがお米を作る上で、こだわっていることは何でしょうか。

菊池:まずは土ですね。土質の良い田んぼで栽培することにこだわっています。自画自賛になりますが、茨城県の中でも大子町はトップクラスの生産地です。八溝山を源流とする冷たい水に恵まれ、夏でも水温は15度から20度ほど。また、山岳地なので昼夜の寒暖差が大きい。この厳しくも豊かな自然環境が、お米に良い影響を与えてくれるのです。ただ、近年の気象条件には頭を悩ませる部分もあり、日々模索しています。

奥田:気候変動の影響はありつつも、お米にとって理想的な環境なのですね。現在、菊池さんはどのくらいの広さを管理されているのでしょうか。

菊池:私の土地は中山間地※にあり、田畑を合わせても1.5ヘクタールほどの規模です。東京ドームのグラウンド面積が約1.3ヘクタールですから、それでイメージしていただけるかと思います。田んぼ自体は基本的に私一人で管理しているため、面積としては決して広くありません。

現在では機械化が進み、作業が随分楽になりました。それに伴い、30ヘクタール、40ヘクタールと大規模化していく流れもありますが、私たちの町はそうした条件には当てはまりません。無理に大規模化を進めれば、かえって生産量も落ちてしまいますし、何より代々守ってきた「風景」が損なわれてしまう。私はこの土地に合ったやり方で、お米に向き合っています。

※平野の外縁部から山間地にかけての傾斜地が多い地域

奥田:「風景」と「質」を守り抜く。その考えにはとても共感するものがあります。現在、作られているのは「ゆうだい21」だけでしょうか。

菊池:「ゆうだい21」はまだ認知度が低いため、一般向けにコシヒカリも作っています。だからこそ、こうして「ゆうだい21」をコンテストに出品し、評価をいただくことで、このお米の魅力が広がっていけばいいなと願っています。

菊地氏

――大子町では、町全体でお米作りを盛り上げていると伺いました。具体的にどのような活動をされているのでしょうか。

菊池:「大子産米販売促進協議会」という組織があり、大子町産米のおいしさを全国に広める活動をしています。現在は40人の生産者メンバーで、日々切磋琢磨しています。中でもコンテスト入賞を目指すメンバーは、田植え後の稲の状況を細かく観察し合い、意見交換を重ねて産地全体の質の向上にも取り組んでいます。

大子町のお米は昔から「うまい」と言われてきましたが、知名度が足りません。知名度を高めるには、やはりコンテストで結果を出して話題を作り、メディアなどを通じてPRしていくしかない。どれほど自分たちで「うまい」と言っても、それは自称に過ぎませんから。第三者に客観的に評価され、注目していただく場が必要なのだと感じています。

奥田:確かに話題性は不可欠ですね。各自治体でお米に関するさまざまな取り組みがなされていますが、一般的にはまだ知られていないことの方が多すぎます。私自身、今回のご縁をいただくまでは大子町について詳しく知りませんでした。茨城県でこれほど質の高いお米が作られていても、我々料理人の業界でさえ、こうしてご紹介いただくまで知らないことが多いのが現実です。

「個」の物語が価値を変える。
米文化を守るための、正当な評価と新たな可能性

奥田:話題性の一つとして、これからは「地域」という括りだけでなく、さらに踏み込んで「人」にスポットライトを当てていくべきだと考えています。「特別な賞を受賞した、この人が作っている」という個のストーリーとその背景にある情熱を届けていくことで、お米の良さがより伝わるのではないでしょうか。今はSNSなどの発信手段も整っているわけですから、それらを最大限に活用し、お米の価値を未来へ残していかなければならないと、ある種の危機感をもってそう感じています。

菊池:今の食文化の移り変わりを見ていると、極端な話「もうお米は必要ないのではないか」とさえ感じてしまうことがあります。米農家の高齢化は進み、私自身にも後継者はいません。また、お米作りをゼロから始めようとすれば膨大なコストもかかります。

奥田:作り手がいなければ米文化は続きません。このまま行けば、将来日本からお米が消えてしまう可能性だって否定できない世の中なのです。もし本当にそうなってしまったら……それはもう、悲劇だと私は思います。

そもそも、日本は国土の約7割が森林に覆われており、豊かな水に恵まれているからこそ品質の高いお米ができるのです。これは世界的に見ても極めて稀なこと。私たちは、この恵まれた環境をもっと大切に守っていくべきです。

今、世間では「お米の値段を安くしてほしい」という声も聞かれます。しかし、ものづくりは何でもそうですが、手間暇をかけた分が正当に価格や利益に反映されなければ、産業として続いていくことはできません。

菊池:5キロ5,000円のお米。これを聞くと「高い」と感じる人もいるかもしれませんが、お茶碗一杯分に換算したら、実はわずか60円ほど。ペットボトルのお茶が200円する今の時代、これほど価値のあるものが安く見積もられすぎているとも感じます。

奥田:お米の話に限りませんが、日本は何でも横並びの価格帯で語られがちです。しかし、もっと可能性を広げられるはず。あまりワインに例えるのは好きではありませんが、あえて言うならロマネ・コンティのように誰もが憧れる高級クラスがあってもいい。日常でいただくお米も大切ですが、それとは別に「最高峰のお米」「特別な日に味わうお米」という縦軸を作ることで、お米の価値はもっと高まるのではないでしょうか。

現在の米作りには多くの課題がありますが、生産者一人ひとりが「自分の作ったお米はこれほどおいしいんだ」と胸を張って世に送り出せる環境を作らなければ、日本の米文化は本当に立ち行かなくなってしまうのではないかと危惧しています。そのような中で、直接お客様にお米を提供できる私たち料理人にできることがあるならば、ぜひ力になりたいと考えています。

奥田氏

挑戦と教育が切り拓く、お米の未来

――素晴らしいお米を守り、広げていくために、菊池さんが今後挑戦したいことを教えてください。

菊池:コンテストで日本一を取ること。私の目標はそれに尽きます。今回、「いばらき米の極み頂上コンテスト」で受賞できたからこそ、こうして銀座の名店に伺うことができて、自分で作ったお米を味わうという貴重な機会をいただけました。やはり、客観的な評価を得てアピールしていくことは、産地を守るためにも必要不可欠です。

規模の大きいコンテストでは5,000点から6,000点ものお米が出品されます。これまではコシヒカリが金賞の主流でしたが、昨年ごろから「ゆうだい21」が勢いを増しており、新しい流れを感じています。

その中で優勝するためには、毎日田んぼへ通って稲の顔を見ること。それしかありません。人間の腕なんて、せいぜい1割程度。あとはお天道様が味方してくれるかどうかですが、それでも毎日田んぼへ行くのは本当に楽しいです。稲は生き物ですから、1週間も空ければ姿がガラリと変わってしまいます。そんな積み重ねの先に、日本一があると信じています。

奥田:人の手と、人の想い。その両方がなければお米は成立しません。生産者の方々は、そうやってこの国の「食」を支え続けてきてくださったのだと改めて感じました。

一方で、生産者の平均年齢は70歳を超え、このままでは10年も持ちません。一つの時代が幕を閉じようとしているのに、次を担う人がいない。これはもう、日本全体で真剣に考えるべき事態です。

もし日本からお米がなくなれば、豆腐や味噌、醤油、出汁に欠かせない昆布や鰹節さえも、極端に言えば必要なくなってしまいます。食後にお茶を飲む習慣も、お米をいただくための茶碗や汁椀、湯呑みといった道具も、すべてがその役割を失うでしょう。これらはお米を中心に育まれてきた、日本がずっと大切にしてきた伝統的な「食の形」そのものです。お米を失うことは、それらすべてを失うこと。逆に言えば、お米さえ残っていれば、日本の食文化にはまだ可能性があるのです。

菊地氏

――奥田さんが今後取り組んでいきたいことは何でしょうか。

奥田:「お米の教育」を学校の授業に取り入れます。具体的には、縄文時代から現代に至るまでの日本の食文化を体系化した「日本食物史」のような教科書を作り、子どもたちに伝えていきたいのです。

縄文時代には木の実や魚介、狩猟による獲物が主食だったこと。弥生時代に入ると、たった一粒の籾から百粒の米が実ることを知り、稲作による安定した食生活が始まったこと。平安時代の貴族と庶民の食生活の違い、安土桃山時代に千利休が確立した茶の湯の文化、そして明治時代の文明開化による肉食の普及……。

そこには、日本酒や日本茶、陶芸の歴史も深く関わってきます。また、2月の「祈年祭」で豊作を祈り、11月の「新嘗祭」で収穫に感謝して手を合わせるといった、精神的な面も入ってくるでしょう。

歴史や地理と重なりますが、「食」を軸にした歴史について、今の日本人で知っている人は少ないです。教育を通じて食の価値を正しく学ぶことができれば、若者の中から「農業をやってみたい」「林業が気になる」「第一次産業の地位を向上させたい」という声が、自ずと湧き上がってくるはずだと確信しています。

菊池:それはぜひお願いしたいですね。私たちの協議会でも、地域の小学校や幼稚園、養護学校の給食に、コンテストに出品している新米を寄付する活動をしています。小さな子どもたちに、本当においしいお米の味を知ってもらうことで、未来は変わっていくと信じて取り組んでいます。

奥田氏

――最後に、おいしいお米を待っている読者の皆さんに、おふたりからメッセージをお願いします。

菊池:一粒一粒に真心を込めて、一生懸命お米を作っています。ぜひ、私たちのお米を味わってみてください。

奥田:まずは家庭で、お米を食べる回数を増やしてみませんか。それが、日本の食文化を見直す第一歩になるはずです。そして外食の場でも「このお米はどこで、どう作られたのか」と語り合う機会を増やしたいです。そんな小さな積み重ねが、お米の未来を、そして日本の食文化を支える大きな力になると信じています。

プロフィール

奥田 透
1969年、静岡県静岡市生まれ。1999年に静岡で「春夏秋冬 花見小路」を開店。2003年には東京・銀座に「銀座小十」を開店する。2016年、農林水産省より「日本食普及の親善大使」に任命。2025年には厚生労働省より「卓越した技能者(通称「現代の名工」)」を日本料理調理人として受賞。著書に『本当に美味しい日本の米 (和の美 食の美 温故知新 Vol. 3)』などがあり、日本の食文化を伝える活動を精力的に行っている。

菊池 幸一
1952年、茨城県大子町生まれ。長年にわたり高品質なお米作りを追求し、2025年11月に開催された「第5回いばらき米の極み頂上コンテスト」でローズドール賞(最優秀賞)を受賞。地域の若手農家や園児・児童への食育活動にも尽力している。

(写真・文=田原奈奈)

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