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ビール作りに女性の存在が不可欠な理由とは?
髭を生やした19世紀の実業家から今話題のクラフトビールメーカーまで、ビール業界は「男性中心の世界」という印象があるかも知れません。しかし、ビール醸造の歴史において女性が重要な役割を果たしてきたイギリスでは、ブルワリー経営や新種のビール作りに乗り出す女性の数が増えてきています。
2020年9月に出版された「The Family Brewers of Britain: A Celebration of British Brewing Heritage(英国の家族経営ブルワリー:英国におけるビール造りの伝統を振り返る)」は、家族経営のブルワリーで、女性経営者たちが果たしてきた重要な仕事の数々を紹介しています。熟練のビール専門家であり“リアルなエールビール作り”を提唱する、著者のロジャー・プロッツ氏は「現在ある著名ブルワリーの多くも、強い意志をもった女性が指導的な立場に就いていなかったら、今日の地位は築けなかったことでしょう。しかし、なぜかビールは男性の領域だと思われがちです」と語っています。
この本は、近年雨後のタケノコのように次々と起業してきた小規模クラフトブルワリーが注目されるなか見過ごされてきた、約30の家族経営ブルワリーの物語をまとめた一冊です。ここで紹介されているブルワリーは「戦争や大恐慌などあらゆる劇的な状況を生き抜き、今でも素晴らしいビールを醸造しているのです」とプロッツ氏は「ザ・オブザーバー」紙に語っています。
プロッツ氏は、この本を執筆するためのリサーチを通じて、古くは19世紀後半から女性がビール醸造所で重要な地位を占めてきたことを発見しました。「男性中心と思われがちなこの業界で、はるか昔に女性が大きな醸造会社を経営していたと知った時は非常に驚きました」
1916年〜1939年までイギリス西部・コーンウォールにある、セント・オーステル・ブルワリーの会長を務めたへスター・パーナル氏もそんな女性経営者の一人です。女家長のようなパーナル氏は、英国皇太子とその妻や、スタンリー・ボールドウィン首相を田舎の邸宅に招待したほどです。
「彼女が醸造所にやってくると必ず注目を集めました」とプロッツ氏は書いています。「雑用係の少年から秘書にまで昇進したクリフォード・ホーキン氏は、パーナル氏について『侯爵夫人の優雅さと成功した実業家の自信によって会社を支配しました。彼女と接する機会がある人もない人も、皆が行儀良くしようと必死でした』と記しています」
また醸造所で働く作業員の一人は次のような思い出を語っています。「パーナル氏が、運転手付きのダイムラーで中庭に到着するのを目撃したら、水道管を叩いて警告のメッセージを伝達する約束になっていました。醸造所のどこにいてもその音が聞こえたほどです。ある時パーナル氏は、くわえたばこでペンキを塗っていた男を、またある時は他人を勝手に車に乗せた運転手を解雇しました。実に気性の激しい人でした」
しかし女性醸造家の歴史は、尊大なパーナル氏よりもはるかに前の時代まで遡ります。アングロ・サクソン時代(411~1065年)には、女性は家庭でパンと一緒にビールも作っていたのです。この女性たちは“ブルースター”と呼ばれ、村一番のブルースターたちは、現代のパブのような店を自宅で営業していました。
「18世紀〜19世紀には“ポーター”と呼ばれる新種の黒ビールが人気となり、膨らむ需要に応えるため、初めて男性が支配する商業的で大規模な醸造所が出てくるようになりました」とプロッツ氏はいいます。しかし、その後第一次世界大戦が勃発し、醸造所の経営や仕事をしていた男たちが戦争に駆り出されたため、女性がその役割を引き継ぐことになったのです。
「第一次、第二次世界大戦中、戦争でいなくなった男性に代わって、ありとあらゆる醸造工程を監督している女性の写真が数多く残っています。それは非常に過酷な肉体労働でした。力が強くなければビールが詰まった樽を持ち運んだりなんてできません」とプロッツ氏。
また20世紀を通じて、ビールを飲む側の文化も変わっていきました。「1960年代のことですが、ミドルズブラ(イングランド北部の街)のパブに友人の女性を連れていった時のこと。私たちが店に入ると、そこにいた全員が会話を中断しました。そして私たちがビールを飲み終わって出ていくまで、誰一人、ひと言も発しなかったのです」
「今ではパブは誰でも気軽に入れる場所になりました。女性や家族連れも大歓迎です。また1970年代半ばに、私がビールについて執筆し始めた頃には、イギリスで手に入るビールと言えばマイルドとビターの2種類しかありませんでした。今の選択肢の豊富さとは雲泥の差です。女性に人気があるのは、ゴールデンエールやライトなテイストのビールです」
カムラ・ブックス社から出版されたプロッツ氏の著書に登場するもう一人の女性、ジェーン・カーショウ氏は、2019年の“ブルワリー・オブ・ザー・イヤー”に選ばれたマンチェスターのブルワリー「ジョゼフ・ホルト」の取締役を務めています。「この会社は保守的なことで知られています。その彼らが女性をブルワリーの要職に就けることができるのであれば、他のブルワリーだって同じことができるはずです」とプロッツ氏はいいます。
ケンブリッジシャー州ウィズベックの街にあるエルグッズ・ブルワリーを、姉のジェニファー・エヴァーオール氏と共同で経営するベリンダ・サットン氏もまた女性経営者の一人です。サットン氏が、同ブルワリーで働き始めた1984年に、ブルワーズ・ソサエティ(現在はブリティッシュビール・アンド・パブ協会)の会合に出席した際、部屋の中にいた女性は彼女ただ一人だったといいます。
「(その会合の場で)二人の男性から『飲み物を持ってきて』といわれました。『トイレはどこか?』と聞いてきた人もいましたよ」とサットン氏。「今のビール業界では、男性よりも女性と仕事をすることが多いくらいです。文化的にも大きく変わりましたね」
プロッツ氏によると、家族経営や小規模のクラフトビール醸造所にとって今は試練の時だといいます。「世界的な大規模メーカーが勢いをつけています。従来の一般的なラガーの売上が減ってきたので、彼らももっと面白いビールを作ろうと画策しています。買収する可能性を見極めるため、小規模なブルワリーの熱心な調査を行っています」
また小規模ブルワリーに対するプレッシャーはコロナ禍によってさらに高まっています。「非常に厳しい状況が続いていますが、ロックダウンで休業している間に瓶ビールの製造と直売に切り替えるなど、小規模の醸造所が知恵を生かしてビジネスを継続している姿は本当に素晴らしいと思います」とプロッツ氏。
そのプロッツ氏は、年刊の「Campaign for Real Ale’s Good Beer Guide(美味しいリアルエールビールのためのキャンペーン)」をこれまでに24冊編集・出版し、2006年までイギリスの全国紙「ザ・ガーディアン」でビールに関するコラムを執筆していました。
この記事はThe Guardian紙のハリエット・シャーウッドが執筆し、Industry Dive パブリッシャーネットワークを通じてライセンスされています。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@industrydive.comまで。