CATEGORY : 知る
クラフト・マッコリ”でアメリカ市場に挑戦する女性実業家
アリス・ジュン氏がマッコリの自家醸造に本格的にハマったのは今からたった5年前のことでした。米を主原料とするアルコール発酵飲料「マッコリ」は、2000年以上の歴史をもつ、韓国で最も古い醸造酒です。ニューヨーク大学を卒業したジュン氏は、会計事務所デロイトで働きながら、週末を趣味のマッコリ造りに費やしていました。「原料や道具、熟成度の違うマッコリが入った5ガロン(約20リットル)の大瓶でキッチンはあふれかえっていました」と彼女は笑いながら当時を振り返ります。「ピーク時には、一度に30~40ガロンも醸造していました。ラッキーなことに、ルームメイトたちはみんな協力的でしたし、私の実験の恩恵を受けていたのも彼らです(笑)」
そのジュン氏は現在、マッコリ文化をアメリカ全土に広げようと意気込んでいます。
2020年10月、ジュン氏はブルックリンのグリーンポイントにある工業団地の一画に「Hana Makgeolli」をオープンしました。現時点で、アメリカ全土でマッコリを商業的に生産している醸造所はここだけです。そしてジュン氏が職人技を駆使して造ったこの伝統的なライスワインは、出るたびに完売するほどの人気を誇っています。
一般的にマッコリはビールと並べて売られていますが、Hanaのプレミアムマッコリはアルコール度数が高く、ガラス瓶に入っているのが特徴です。実際、ジュン氏は、このブランドをナチュラルワインに近いものとして位置づけています。
マッコリは、米、水、そしてヌルクと呼ばれる麹から造る濁り酒です。小麦などを発酵させて作られるヌルクには、バクテリアや酵母がたっぷり含まれています。造り手によって味は千差万別。Hanaのマッコリは、発酵中にできる乳酸菌の特徴的な酸味があります。花とビターなシトラスの香りが広がり、舌触りはクリーミーでドライな仕上がりです。
一般的なマッコリのボトルはプラスチック製で、アルコール度数もビールと似たり寄ったり。フレーバーにはバナナやクリなどがあります。その点、ジュン氏のマッコリは、前述の通りナチュラルワインの世界観に近く、実際、彼女の醸造所はニューヨーク州からワイナリーのライセンスを取得しているほどです。醸造期間は30~70日と韓国の平均である7~14日よりもずっと長いため、伝統的なマッコリよりもアルコール度数が高く、ドライで複雑な風味が味わえます。その味は韓国の家庭で手作りされている「生マッコリ」を思わせるとジュン氏はいいます。アメリカでは全く知られていないマッコリですが、ジュン氏はそこにビジネスチャンスを見出したといいます。「天然酵母で発酵させて作られるこの種のスル(韓国語でお酒、特に伝統酒を指す)は、醸造酒の中では比較的アルコール度数が高く、ドライな味わいなので、アメリカでも売れると確信しました」
ジュン氏が造るマッコリの原料は、中粒の有機白米、有機もち米、韓国から輸入したヌルク、そしてフィルターで浄化した水です。玄米と粗挽きの米を混ぜたものを蒸して、3~4回に分けて醸造中のマッコリに加えます。ジュン氏はヌルクを水に浸し、ワインプレスにかけて抽出したヌルクの“お茶”だけを使うことで、一層繊細な味わいを実現しました。その後は発酵に全てを任せます。「今風のマッコリを造るには、伝統的なルーツに立ち戻ることが必要です」と彼女はいいます。「今やマッコリ造りは、古臭い、廃れた慣習ではなく、大きなブームになっているのです」
合法的にお酒を飲めるようになるずっと前からジュン氏はマッコリ造りの実験を始めていました。というのも、ジュン氏の母親と一緒に韓国からカリフォルニア州中部に移住した父親は、研究熱心な自家醸造家だったのです。父親を手伝って米を蒸し、ヌルクの塊をほぐして過ごした午後をジュン氏は懐かしそうに振り返ります。自分の造ったマッコリについて父親にアドバイスを求めた時、大雑把な分量しか教えてくれなかったといいます。そこでジュン氏は、幼い頃の思い出だけを頼りに、何年も独学でマッコリ造りに挑みました。2015年にはソウルに渡り、「The Sool Company」のジュリア・メロー氏の授業も受講したほどです。そしてこの時、伝統的な醸造方法を復活させるという野望を共有するマッコリコミュニティの仲間たちに出会ったのです。
韓国では、製造許可を受けた760軒以上の醸造所が、2000種類以上のマッコリを生産しています。しかしメラー氏は、韓国国内だけでなく、マッコリの人気は世界的に高まってきたと感じています。「この4年間、スタートアップの醸造所のコンサルをしてきましたが、特にこの2年間でアメリカの醸造所からの依頼がぐっと伸び、今も伸び続けています」とメラー氏。「カナダ、イギリス、ヨーロッパ、オーストラリアにもクライアントがいます。このことは、マッコリのグローバルな人気を示していると思います」。昨年、アメリカの経済誌「Forbes」は、マッコリを「注目すべき次のお酒のトレンド」と呼び、今年6月にはマッコリ醸造が韓国無形文化財に指定されました。
韓国内外におけるマッコリ人気の再燃を支えたのは次の2つのグループだとジュン氏は考えています。まずは、戦争、飢饉、自家醸造禁止令を通じてマッコリ醸造の伝統を守るために戦ってきた古い世代の生産者。これらの歴史的な出来事は、1世紀以上にも渡って韓国の食文化を脅かしてきたのです。そしてもう一つは、クラフトビールとナチュラルワインのトレンドに影響された若い世代の醸造家です。
Hanaはアメリカで初めて商業的に成功した醸造所というわけではありませんが、小さなマッコリ醸造所は売上不振により相次いで廃業してしまいました。その中で成功しているのは、2019年にローンチした「Makku」です。Hanaと同じくブルックリンに拠点を置き、韓国の醸造所と提携して缶入りマッコリを生産しています。手軽に飲めるクラフトビールのような酒として売り出されたMakkuは、アルコール度数6%と軽めで、マンゴやパッションフルーツなどのフレーバーを揃えています。
マッコリとは、米を発酵させてつくる醸造酒を指し、様々なサブジャンルがあります。「タクジュ(濁酒)」とは、米と麹を醸したものを粗濾した伝統的なお酒です。希釈していないHanaの「Takju 16」(アルコール度数16%)のように、タクジュはビールよりもワインに近い、強めのお酒です。
タクジュを長期間置いておくと、白濁した液体と黄色っぽい上澄みに分離します。この上澄みを「ヤクジュ(薬酒)」あるいは「チョンジュ(清酒)」と呼びます。さわやかで酸味のある超辛口のヤクジュは、かつては貴族の嗜好品でした。Hanaでもヤクジュを分離してボトルに詰めています。マッコリとは通常、ヤクジュを取り除いた残りの白濁した液体を希釈したタクジュを指します。このタクジュを粗濾しし(マッコリは直訳すると「粗濾し」という意味)、水で薄めてアルコール度数を下げるのです。
水で薄めたマッコリは、昔は農民や庶民の飲み物でした。ジュン氏は、この軽いお酒にオミジャ(五味子)を加えてさらにエレガントに仕立て上げています。モクレン科チョウセンゴミシの果実であるオミジャは、塩味、酸味、苦味、甘味、辛味の5つの味が含まれていることで知られる生薬です。
今年8月、ジュン氏とビジネスパートナーのジョン・リム氏は、醸造所内にレストランをオープンしました。売上は次第に伸びているということです。「最近、季節のマッコリも始めました」とジュン氏はいいます。「玄米や黒米など、様々な穀物で美味しいマッコリが作れるということを紹介していきたいと思っています。Hanaのゴールは、マッコリの奥深さを知ってもらい、アメリカでもマッコリ醸造を産業として確立することです。ビールやワインに取って代わることはないとしても、長い時間をかけてマッコリに尽力し、多くの人にマッコリ文化を広めていきたいと思います」。またリム氏は次のようにいいます。「自分たちの商品が韓国のものであり、韓国の文化を広めるのに一役買っていることに大きな誇りを感じています。私たちの文化を知ってもらうために、自分たちができることをしているのです」
Hanaのマッコリは、瓶詰めした後に加熱処理して発酵が進むのを防いでいるので、賞味期限は長く設定されています。しかしこの秋から、醸造所のレストランでは非加熱の生マッコリの提供も開始しました。生きた酵母と乳酸菌が入っている生マッコリを試せるのは(自家醸造にトライしない限りは)アメリカではここだけです。
まだ1周年さえ迎えていないHanaですが、すでにニューヨーク国際ワインコンペティション2021で今年のベスト・マッコリ生産者に選ばれました。「これが本当に国際的なコンペティションだったのか、それともHanaが全米唯一のマッコリ生産者だから不戦勝で勝つことができたのかは分かりません」と、ジュン氏はちょっと恥ずかしそうに受賞について語ってくれました。
レシピ
自家製マッコリ
ジンジャー・マッコリ・ツイスト
柚子・マッコリ・ミュールのレシピはこちらから
この記事は「Saveur」に初掲載されています。
この記事はSaveurのジュリアナ・ソンが執筆し、 Industry Diveパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされています。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@industrydive.comまで。