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第8回:サッポロビールの生みの親『中川清兵衛』ってどんな人? ❹「東京→札幌」完結編 サッポロビール社史相談室

<登場人物>
サッポロビール㈱社史相談室/社史原ノリ子
入社3年目。社史(会社の歴史)に関するよろず窓口。普段は社史室にこもって黙々と仕事をしているが、相談を受けるとノリノリになる。愛称はシャッシー。
サッポロビール㈱東京外食営業部/営業マン太郎
入社3年目。東京中を飛び回る営業マン。社史、特に自社商品の歴史に関する知識を身に付け、営業活動に活かしたいと考えている。シャッシーとは同期入社。愛称はマン太郎。
東京・青山に牛、馬、そしてビール?開拓使の意外な計画
やぁシャッシー!中川清兵衛の話の続き聞きに来たよ~。


あ!マン太郎くん、お疲れ様~。清兵衛の話は今回で完結編よ!
では簡潔にたのむ!なんちゃって。で、前回は、帰国した清兵衛が村橋久成に会って雇用契約を結んだところまでだったよね?



そう。時は1875年の8月。場所は開拓使の東京出張所。
そうか。契約したのは東京か。で、その後はすぐに東京から札幌に行ったのかな?


ううん。実はそのタイミングでは、開拓使は東京に麦酒醸造所(ビール工場)をつくる計画だったの。
えっ?東京に?!東京のどこ?


場所はここよ!

え?青山学院大学??なんで青学?


当時その場所には、開拓使が設置した「官園(かんえん)」があったの。
官園って?


官園は農業試験場のような場所。明治初期、開拓使は新しい農業や畜産の技術を取り入れるために、牛や馬を飼って農耕実習を行ったり、西洋式農業を試験する場を、東京・青山に作ったんだ。
へえ!いまの青山学院のあたりに牛や馬がいたなんて、全然イメージできないな。



開拓使はまずは東京の官園に麦酒醸造所をつくって、試験醸造が成功すれば、北海道に移設する計画だったの。だけど、その計画をくつがえしたのが、醸造所建設責任者の村橋本人。
村橋本人が?東京でビールをつくったら大きな話題になっただろうに。なんで村橋は計画をくつがえしたんだ?


うん。そこに関わってくるのが清兵衛の経験。清兵衛がドイツで学んだビールの醸造法は、いわゆるラガー(下面発酵ビール)で、エール(上面発酵ビール)とは異なり、10℃前後の低温でじっくり発酵・熟成させる。だから“氷”が不可欠だったの。清兵衛がドイツのビール修行で苦労したのは、天然氷の確保だったでしょ?
あ~そうだったね。社員総出で川や湖で氷を切り出して、醸造所まで馬車で何往復もしたって話だった。



そう。清兵衛から低温で発酵させるドイツのビールづくりの話を聞いた村橋は、氷の重要性を認識し、東京での醸造所建設に疑問をもちはじめたの。
19世紀後半は冷凍機がない時代。暑い東京では、ドイツ式のビールはつくれない。試験醸造が失敗したら開拓使のビール事業の構想は暗礁に乗り上げてしまうというわけか。こりゃ~(氷ゃ~)大変だ![(心の声)ダジャレを言ったけど、気付かれなかった。]


まさにそういうこと!それで、村橋は「麦酒醸造所は氷雪豊かな北海道に最初から建設すべきである!」と1875年12月に稟議書を提出。それで、幹部の決定をくつがえして、札幌での建設が決定したの。
お~!稟議書承認!ついに札幌でのビールづくりが実現するぞ!

命を削った三ヶ月――札幌ビール工場、奇跡の完成

清兵衛は、1876年5月、村橋たちとともに札幌へ渡ったの。
札幌では、清兵衛はどんな仕事を任されたんだ?


開拓使麦酒醸造所の主任技師として、工場の建築設計から機械の配置、従業員の教育まで、すべてを任されたのよ。
えっ!?たった2年のビール修業で、そこまで任されるなんて…!


そう。普通ならビールをつくるだけで精一杯でしょ。なのに清兵衛は、工場の設計から人材育成まで、すべてを一人で背負ったの。しかも、工事は6月末に始まり、9月上旬には機械の据え付けまで完了。初めての醸造所をわずか3か月で完成させたってわけ。
そりゃあ、きっと寝る間もない3か月だったんじゃないかな…


工場は1876年9月8日に完成して、最初の仕込みは9月21日。そして9月23日には開業式が行われたの。その時の記念写真が今も残っているよ。

これが開業式の写真か…。あれ?木造なんだね。レンガだと思ってた


そう。最初の醸造所は木造2階建て。日本人の手による本格的な国産ビールづくりが、ここから始まったのよ。これが現在のサッポロビールの“はじまり”というわけ。
祝☆創業!で、開業後にすぐにビールはできたの?


それが、そう簡単にはいかなかったの。麦芽づくりには成功したけど、なんとその年は暖冬で、雪も氷もほとんど手に入らなかったのよ。
えっ!? 氷がないとビールがつくれないんだよね?


※豊平川は札幌市内を流れる河川で、当時はビール醸造に必要な天然氷の供給源として活用された。

そう。清兵衛がドイツで学んだ下面発酵ビール(ラガービール)は10℃前後の低温で発酵・熟成させる必要があるから、氷が不可欠なの。清兵衛は、氷室の確保や天然氷の調達に奔走したけど、思うようにいかず、仕込みは延期せざるを得なかったの。
うわぁ…せっかく工場が完成したのに、自然に阻まれるなんて…


それでも清兵衛は諦めなかった。酵母の調整や麦芽の改良を重ね、翌年1877年の冬、ようやく十分な氷を確保して、初の仕込みに成功したの。そして、ついに清兵衛の目指す品質のビールが完成!その名は、冷製「札幌ビール」。

このラベルに描かれている星って開拓使の五稜星だよね?


そう。北極星をかたどった開拓使のシンボルで、開拓使麦酒醸造所の製品であることを示していたの。 それが今でも、サッポロビールの伝統のシンボルとして使い続けられているというわけ。
人生最良の日――札幌ビール、天皇陛下のもとへ
ついに冷製「札幌ビール」が完成!で、その味はどうだったの?


ビールの味を知る外国人からは大評判だった。札幌農学校教師ペンハローは「苦味ハ優レタリ」(苦味は優れている)「芳香ハ最モ快愉ナリ」(香りは非常に快い)と高く評価。大森貝塚で知られる博物学者モースも「(開拓使麦酒醸造所は)最上の麦酒を瓶詰にしている」と著書に記しているのよ。
あのモースもそう申すか! [(心の声)これは気づいてほしいダジャレ…]


[(心の声)ふふ、気づいたわよ。だけど無視…]ええ、まさに世界に誇れる味だったのよ。そして、その評判は、ついに天皇陛下のもとへ届いたの。

えっ、陛下が!?それって、どんなふうに?


1881年8月31日、天皇陛下は開拓使麦酒醸造所をご訪問されたの。開拓長官・黒田清隆の案内で、事務所や麦芽製造設備、冷却・貯蔵施設など、醸造に関わる一連の設備をご視察になったのよ。
天皇陛下が工場に!?それって、ものすごいことじゃない?


当時の天皇は、“現人神(あらひとがみ)”と呼ばれ、国民から神様のように崇められていた存在だったの。その陛下が、自分のつくったビールを飲まれるだけでも、清兵衛にとっては夢のような出来事だったのよ。
清兵衛さん、さぞかし嬉しかっただろうな。


しかも、その場で清兵衛は、陛下に直々にビールを献上したの。
えっ、陛下に直々に?!それは超キンチョーするぞ。


清兵衛は、ドイツ修業時代から携えてきた大ジョッキに、冷製「札幌ビール」を心を込めて注いだの。陛下はその大ジョッキを手に取り、口を付けられたんだけど――なんと!「重ねて御所望を賜った」、つまり「お代わり」をなさったの。
え?!大ジョッキでお代わり!?すごすぎる…!


清兵衛の伝記『中川清兵衛傳』によると、1881年8月31日は「最も感激した生涯の佳き日であった」と記されているの。
それって…清兵衛さんにとって、まさに人生最良の日だったんだね。 。


そうね。振り返ると、故郷の与板(現在の新潟県長岡市)でチョンマゲを切られ、義父に「髪が伸びるまで横浜にでも行っておれ」と言われて横浜のドイツ商館で働き、国禁を犯し海外へ密航。イギリスで言葉に苦しみ、ドイツで氷に泣き、札幌では暖冬に泣いた清兵衛の日々…。そのすべてが報われた瞬間だったのよ。まさに“人生最良の日”だったの。
うわぁ…それは感動するね…



そしてその星――開拓使の北極星は、今もサッポロビールのラベルに輝いている。2026年、開拓使麦酒醸造所の開業から150年。清兵衛の襷(たすき)は、時代を越えて、今もつながれているのよ。
ありがとう、清兵衛さん。そして、ありがとう、ビール!


というわけで、中川清兵衛物語、これにて完。
<「サッポロビールの生みの親『中川清兵衛』ってどんな人?」バックナンバー>
<バックナンバー>
<この記事を書いた人>
山根 一洋 (Kazuhiro Yamane)
1987年サッポロビール㈱入社。ヱビスビールのブランドマネージャーなどマーケティング部門を歴任。ラッキーヱビスの生みの親。現在は広報部で、社史に関する記事執筆や社員教育などを担う。同時に、一般社団法人日本ビール文化研究会でビア検(日本ビール検定)の企画・運営、書籍『知って広がるビールの世界 ビア検公式テキスト』(Amazon売れ筋ランキング 本 ビール部門1位)の編集主幹を務める。趣味のラジオCMコピー制作では、第7回文化放送ラジオCMコンテストでグランプリ&リスナー大賞など受賞歴多数。
<補足>
※このコラムに登場する人物や部署は実在しません。しかし、サッポロビールの社史に関する話は、事実に基づいたものです。
<参考文献>
・『中川清兵衛傳』(菊池武男・柳井佐喜 著、1982年、八潮出版社)
・『サッポロビール120年史』
・長岡市公式サイト>中川清兵衛https://www.city.nagaoka.niigata.jp/kankou/rekishi/ijin/s-nakagawa.html
<画像>
※男女イラスト:iStock.com/wakashi1515
※星空: :iStock.com/YOTUYA