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【後編】伝説のホップ「ソラチエース」を軸に5社が集結 羽田エアポートガーデンにて国産ホップの未来を見据えたビールイベント「SORACHI BEER GARDEN」を開催

 去る9月7日と8日の2日間にわたり、羽田空港第3ターミナルの羽田エアポートガーデンを会場に、「SORACHI BEER GARDEN ―SORACHI ACE 40th ANNIVERSARY―」というイベントが開催されました。これはビールメーカー5社が集まり、期間限定のビヤガーデンを開くというもの。どれもサッポロビールが育種開発を手がけたソラチエースというホップを使用したビールばかりという点が最大の見どころです。それに先駆け開催された記者発表会の模様を前後編の2回にわたってお届けします。今回は後編です。

■ソラチエースが歩んだ「伝説への道」

 「SORACHI BEER GARDEN」の記者発表会は、SORACHI 1984のブリューイングデザイナーである新井健司と、ブルックリンブルワリー・ジャパンのコマーシャルダイレクター、金惠允(キム・へユン)さんの2人が国産ホップの現状と、それに向けたサッポロビールとキリンビールの取り組みについて解説するところから幕を開けました

 2人に続いて登壇したのは、木内酒造1823の洋酒製造部ゼネラルマネージャーである谷幸治さんです。3人がそろったところで新井を進行役に、話題はソラチエースの物語へと移ります。まずは新井がなぜソラチエースが「伝説のホップ」と呼ばれるに至ったかを紐解いていきました。

 ソラチエースが品種登録されたのは1984年。当時のビールは味もさることながら、爽快さ、のど越しの心地よさなどがより重視されていました。そのため、ソラチエースの個性的な香りに注目がいくことはありませんでした。

 その10年後、1994年にソラチエースはアメリカに渡ります。クラフトビールのブームが定着していたアメリカならソラチエースの個性的な香りも受け入れられるだろう。そんな期待があってのことですが、このときもまだ時期尚早でした

 潮目が変わったのは2002年。アメリカのホップ農家であるダレン・ガメシュさんがソラチエースを再発見したのです。これを機にアメリカはもちろん、ヨーロッパまでソラチエースの話題は広まっていき、多くのビール醸造家がこれを高く評価。さまざまなビールに使われるようになったのです。

 ビール醸造家として海外へ赴いていた新井は留学先でソラチエースの存在を知り、帰国後にこれを使ったビールの開発に着手しました。それが2019年に発売されたSORACHI 1984というわけです。

 時代に合わないと歴史に埋もれていたホップが海外へと渡り、高い評価を経てまた日本へと戻る。ソラチエースにはそんな物語があるのです。

「2002年から2019年のあいだ、ソラチエースはどうやって世界に広まっていったのか、そして日本にはどう伝わってきていたのか。ここがサッポロビールにとってはミステリーボックスになっています。このミステリーボックスを紐解く存在が、ブルックリン・ブルワリーさんと木内酒造さんです」(新井)

 新井から話題を振られた金さんは「このミステリーボックスには2つの物語が隠れている」と話をはじめました。もちろんブルックリン・ブルワリーと、木内酒造それぞれの物語です。

3人目の登壇者は木内酒造の谷さんでした。これら3人によって、国内におけるソラチエースを使ったビールづくりの歴史が語られていきました。

■ブラックボックスに隠れていた2つの物語

 まずはひとつめの物語です。

 ブルックリン・ブルワリーがブルックリンソラチエースを発売したのは2009年。SORACHI 1984のちょうど10年前です。はじめは750ミリリットル入りの瓶入り商品として限定発売され、それが非常に好評を得て全米で発売されるに至りました。同社のブリューマスターであるギャレット・オリバー(以下、ギャレット)さんはホップの名前にちなみ、ラベルにはトランプのカードをイメージしてラベルをデザインしたそうです。

 2000年代といえば、アメリカのクラフトビールブームがより拡大していた時期で、それに関連したイベントも多数開催されていたと言います。ギャレットさんは2008年にホップの展示会でソラチエースに出会いました。

「その香りをはじめて嗅いだときに『こういうビールにして欲しい』とホップが語りかけてきた。私はその通りにビールをつくっただけだ」(ギャレットさん)

 のちにギャレットさんはソラチエースとの出会い、それからブルックリンソラチエースについて、このように語っているそうです。

「ブルックリン・ブルワリーは多い年で年に30~40種類ものビールをつくっていますが、ホップの名前がそのまま商品名になったのは、このソラチエースだけ」(金さん)

 ギャレットさんがどれだけソラチエースに惚れ込んでいるかがよくわかるエピソードですが、話はここで終わりません。

日本にソラチエースを使ったビールづくりがはじまるきっかけをもたらしたのは、ニューヨークはブルックリンにあるブルックリン・ブルワリーのギャレットさんでした。

「ギャレットはソラチエースの素晴らしさを自分だけが知っているのはもったいないと思ったんでしょうね。日本でもこのホップでぜひビールをつくってほしいと駆けつけたのが、木内酒造の谷さんのところだったんです」(金さん)

 金さんの話を引き継いだ谷さんは、アメリカでブルックリンソラチエースが発売された2009年の出来事を語りはじめました。その年の10月、かねてから親交のあったギャレットさんが箱を肩に担ぎ、谷さんの醸造所へと訪ねて来たと言います。

 なんと箱の中身は、20キログラムものソラチエース。

「封を切った瞬間に、レモンのような、ヒノキのような、今までにない鮮烈な香りがしたのをよく覚えています。そのままギャレットさんとうちのブルワリーでいっしょにビールの仕込みをはじめました」(谷さん)

 会場のスクリーンには当時の谷さんやオリバーさんの写真が映し出されました。ギャレットさんからはダレン・ガメシュさんも紹介していただきソラチエースを安定して手に入れるルートも確保。そして2010年に生まれたのが、国産の麦芽とソラチエースを組み合わせてつくった純国産ビール「NIPPONIA」だったのです。

 新井、そして金さんと谷さんの話によって、1社だけではなしえない物語が繋がれた末に、世界を巻き込み、さらに日本へと凱旋を果たしたソラチエースの物語が完成しました。

ギャレットさんとの思い出を懐かしそうに語る木内酒造の谷さん。ソラチエースの魅力を最初に日本に知らしめたのが常陸野ネストビールのNIPPONIAです。谷さんはその誕生にまつわる秘話を披露してくれました。

 

■ソラチエースの物語に加わった2社のブルワリー

 冒頭で新井が紹介したように、2023年には国内でのソラチエース生産量がこれまでに比べて大きく増え、テスト販売という形ではあるものの、他社へとお譲りできるようになりました。

 そうしてソラチエースの物語へと新たに加わったのが、長野県軽井沢町のクラフトビールブルワリー、ヤッホーブルーイングと、日本におけるホップ栽培の中心地とも言える北海道上富良野町で創業した忽布古丹醸造の2社です。壇上にはヤッホーブルーイングの醸造ユニット ユニットディレクターの新井隼人さん、忽布古丹醸造のオーナーブルワーである堤野貴之さんが新たに登壇。5社の5人が揃ったところで、翌日からSORACHI BEER GARDENで提供される5つのビールを紹介していきました。

 まずは新井によるサッポロビールと、ホップにはソラチエースのみを使ったゴールデンエール、SORACHI 1984について紹介していきます。

「SORACHI 1984は『ソラチエースをしっかりと味わってほしい』という思いでつくり上げたビールです。ソラチエースとはなんぞや?と思ったときに、まずはこのSORACHI 1984からはじめていただければ、ソラチエースの特徴がよくわかるかなと思います」(新井)

 次にマイクを握ったのはヤッホーブルーイングの荒井さん。1996年に設立された同社は「ビールに味を! 人生に幸せを!」というミッションを掲げたブルワリーです。今回のイベントで提供するビールは、DDH Hazy Double IPA。ソラチエースの香りが持つ特徴のひとつである「ココナッツアロマ」に着目し、2回のドライホップという手法を採り入れることでソラチエースの香りをかなり強く引き立たせたビールになっているそうです。

「ココナッツをベースとしたジューシーなホップの香りとモルトの甘味、エステル、アロマ、そして心地よいビール感が重なってしっかりとした味わいながらも飲みやすい、そんなビールをご用意いたしました」(荒井さん)

 木内酒造の谷さんが続きます。

「ソラチエースを使い続けて15年。ソラチエースを知り尽くした我々が考えるジャパニーズクラフトビール、究極のビールとしてNIPPONIA 2024をつくりました。ホップには上富良野産のソラチエース、それに国産のIBUKIを使用しております」(谷さん)

 麦についても、いずれも地元産の金子ゴールデンとミカモゴールデンを自社工場で製麦して使用。さらに酒米も使うことによって、軽快な味わいの飲みやすいビールに仕上げているそうです。その発言からはNIPPONIA 2024の完成度にいかに自信を持っているかがうかがえました。

 4番目にビールを紹介したのは、忽布古丹醸造の堤野さんです。同社は「地(じ)のホップでビールを醸す幸せ」を求めて、2018年に北海道の空知郡上富良野町で創業しました。社名の「コタン」はアイヌ民族の言葉で「村、集落」を意味するそうです。これを訳すなら「ホップ村」といった意味になります。上富良野町は北海道で唯一、ホップが商用栽培されている町。これを表現した社名なのですね。

「今回のイベントにあわせてつくったビール『epitta(エピッタ)2024 -Sorachi Ace IPA-』は、私たちの醸造所と同じ上富良野町で生まれ育ったソラチエースをメインに、私たちが通常使っている地元産のホップ“カスケード”を使っています。モルトも北海道中標津産を使っているので、原料であるホップ、モルトのすべてが北海道産ということになります」(堤野さん)

忽布古丹醸造のオーナーブルワー、堤野さん。ソラチエースは個性が強いからこそ、その特徴やよさを出すことが難しいと語りました。

 ラストはブルックリンブルワリー・ジャパンの金さんです。1988年にニューヨーク市ブルックリンで創業したブルックリン・ブルワリーは、ブルックリン ラガーを中心に商品を展開。今では世界30カ国以上で愛されているアメリカを代表するクラフトビールのブルワリーです。

「やっぱりソラチエースの特徴と言えば香り。レモングラスやディルのようなハーブ、あるいはレモンのような柑橘系の香りも存分に感じていただけると思います。また、口に含んだときはココナッツのような甘い香りがあったり、でも呑み込んだ後はすっきりとドライに感じられる仕上がりになっています。口からも鼻からもいろんなキャラクターが感じられるんじゃないかと思います」(金さん)

 5人が語った言葉からも、5社のビールがそれぞれに個性のあるものに仕上がっているのが伝わってきますね。同じソラチエースを使っていながら、作り手の想いや個性でこんなにも多彩なビールが生まれるのは、まさにビールの奥深さと言えるでしょう。

--こうして希有な物語を持つ伝説のホップ、ソラチエースを軸に集まった5社によるプレス発表会は終わりました。10月7日と8日の2日間にわたって開催されたSORACHI BEER GARDENは、両日あわせて1000名以上のお客様にご来場いただくことができ、大成功におわりました。

 今年からは東北で栽培しているソラチエースの収穫もはじまりました。わずかずつの歩みではありますが、ソラチエースの魅力をご体験いただける機会はこれからどんどん増えていくことでしょう。ぜひ今後の展開にご期待ください。

ソラチエースを中心として集結した5社が、翌日からのイベント成功を祈ってそれぞれがつくったビールで乾杯!

 

9月7日と8日に開催されたSORACHI BEER GARDENでは1000人以上ものお客様にご来場いただきました。来場者の皆さんには上富良野産ソラチエースを使った限定ビールを飲める貴重なチャンスを大いに楽しんでいただけたようです。

✓前編を読む

(文・写真=稲垣宗彦)

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