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『ゴールデンカムイ』から読み解く、札幌という街 街でヨリミチ in 札幌 vol.2 ―漫画家 野田サトル先生

観光地として不動の人気を誇る街、札幌。北海道産の新鮮な海の幸を堪能できたり、「札幌市時計台」をはじめとした赤レンガ調の歴史を感じられるスポットがあったり、旅行先として魅力的な街としてのイメージが強い。しかし、サッポロビールと共に歩んできた“開拓の歴史”がある成熟したこの街の魅力を、私たちはまだ全ては知らない。そんなメインストリームから1本曲がって“寄り道”をして、一歩踏み込んで“より未知”な魅力を発見したい。

連載2回目は、博物館巡りや、文献の研究、さらにはご自身でのインタビューなどを重ねて北海道の歴史・文化を描いた人気漫画『ゴールデンカムイ』の作者 野田サトル先生にお話を伺った。『ゴールデンカムイ』を通して、「札幌の歴史・文化」を紐解いていこう。

※【注意】このインタビューは、漫画『ゴールデンカムイ』のネタバレを含みます。ご了承いただける方はお読みください。

 

『ゴールデンカムイ』における、札幌の存在とは

ご存じの方も多いだろうが、『ゴールデンカムイ』は小樽から始まり、旭川・網走など北海道内の様々な地域が物語の舞台となっている。そんな中でも。物語序盤で主人公「杉元佐一」一向が訪れたのち、物語のクライマックスに向けて札幌に登場人物たちが再集結したシーンに、心を躍らせた読者は少なくないだろう。それでは、『ゴールデンカムイ』にとって、ひいては野田サトル先生にとって「札幌」とはどんな存在なのだろうか。

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(引用コマ:左から24巻・240話・190P、24巻・239話・172P)

※P数は全てデジタルコミックスのP数を参考。以下も同じく。

 

ーー漫画内で主人公・杉元佐一らは小樽から始まり、網走・函館など北海道内を巡ってきました。ストーリーにおいて札幌が度々、重要な舞台として選ばれていますが、野田先生と札幌はどういう関係なんでしょうか?

野田:完全に地元ですね。出身は北海道中部の北広島なんですが、僕の子供の頃はまだ札幌のはずれにある町という扱いでした。(※注1) 学生時代は特に用もないのに札幌の狸小路(たぬきこうじ)商店街をウロウロしていて、「中川ライター店(※注2)」とか好きで必ず行っていましたね。

生まれ育った場所にいつか恩返ししたいと思っていたところ、2023年4月に「ゴールデンカムイ展」を札幌の丸井今井さんでやっていただきました。両親や兄弟、友人にも観てもらえ、故郷に錦を飾ることができました。「こんなに人がいる丸井今井は初めて見た」と言われたくらい、大勢の方にお越しいただけたようです。また、今年のさっぽろ雪まつりでも『ゴールデンカムイ』の大雪像を作っていただけるそうで、小さい頃に『北斗の拳』の大雪像を見て強く印象に残っていたので、漫画家として感無量という思いです。

(※注1:野田先生の出身地である北広島は、札幌郡広島町として札幌として区分されていた。その後、1996年に北広島市として独立。)

(※注2:1902年創業の老舗模型店。幅広い世代から人気を集めた。2015年1月に閉店。)

ーー作中ではそれぞれ散り散りに行動していたキャラクターたちが、物語のクライマックスに向けて、札幌に集結するシーンに多くの読者が心を躍らせました。そのような展開は連載当初から構想があったのでしょうか。

 

野田:初期のほうから構想はありましたね。そのうえで、札幌のどこに集結させるかを悩みました。明治時代の札幌にあった大きな建物で、彼らが集結して面白くなりそうな舞台は札幌麦酒工場(※注3)しかなかったと思います。札幌市時計台、という手も考えましたがやはりキャラクターたちが集結するにしては、スケールが小さすぎますしね。

(※注3:1876年に創業され、当時札幌ビールを生産していたビール工場。現在の正式名称は「札幌開拓使麦酒醸造所」で、サッポロファクトリー内の施設として工場見学が可能。)

 

 

 

『ゴールデンカムイ』から読み解く、1900年初期の札幌の街・人・食

『ゴールデンカムイ』という漫画は、野田先生自身が博物館巡りや、文献の研究、さらには専門家へのインタビューなどを重ねて北海道・アイヌの歴史や文化を見事に落とし込んだ作品。もちろん、札幌という街も例外ではない。作中では、1900年代初期の札幌の街並み、住民、食が丁寧に描かれている。実際の『ゴールデンカムイ』のコマから、当時の札幌という街を読み解いていこう。

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(引用コマ:24巻・240話・178P)

ーー作中の札幌の建物や街並みは、どれも細部まで描かれています。これらを描くにあたり意識したことはありますか?

野田:リアリティーを持たせるために、札幌に限らず北海道の昔の写真を参考に、地域の特徴を意識して描いています。例えば、北海道の家には他の地域とは違って雨どいがなかったり、小樽地方には瓦屋根の家が多かったりとか。

ーー「北海道開拓の村」や「札幌市時計台」など、実在する建物が作中に登場しますが、実際に訪れているのでしょうか。

野田:そうですね。北海道開拓の村は何度も取材で行きましたし、追加で友人に撮影に行ってもらったこともありました。でも現地で気がつくこともあるので、「欲しい構図」を描くためにも、なるべく直接行って撮影するようにしています。例えば、機関車の操作法とか、シーンのイメージが沸いたらその場で深掘りできるので、忙しくても自分で行ったほうが効率良く、質の高い漫画が描けるんです。

ーー数多く取材する中で、作品への登場の有無はどういった基準で選択しているのでしょうか。

野田:無理なく話になじむかどうかを大事にしていますね。連載のテンポに合わなかったり、一話のなかにうまく収められなかったりと、いい写真が撮影できても採用しないことはザラにありました。

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(引用コマ:左から24巻・240話・178P、24巻・240話・181P)

 

ーー土方歳三(※注4)たちが札幌を訪れた際、珍しい職業の“住民”に扮装していたシーンが印象的です。同シーンで様々な職業に扮装させたのはなぜでしょうか。

野田:当然、第七師団(※注5)や囚人たちが集まっているから変装しようというのが表向きの理由です。ですが、画面を楽しくしたいという狙いもありました。基本的に『ゴールデンカムイ』という漫画は殺伐とした内容なので、娯楽作品としてバランスを保つためにも、そういった仕掛けが必要ですね。

(※注4:新選組の鬼の副長。作中では箱館戦争を生き延び、網走監獄で囚人生活を行っていた。刺青を持つ脱獄囚の一人。)

(※注5:大日本帝国陸軍の師団の一つ。別名:北鎮部隊。所属する鶴見中尉は師団内の造反派を率いて政府へのクーデターを企てており、金塊を巡って杉元や土方らと対立していた。)

 

 

ーー 一般住民の服装まで丁寧に描かれていますが、こういった住民の服装も取材に基づいているのでしょうか。

野田:そうですね。建物や街並みと同様、北海道の古い写真を膨大にかき集めて、それらの写真に写っている町の通行人とかを参考に描いています。

ーー『ゴールデンカムイ』はフィクションとノンフィクションが絶妙なバランスです。取材で得た情報から、作品に落とし込む時にどんなことを意識しているのでしょうか?

野田:資料や事実にとらわれ過ぎないことですね。しっかり調べたうえで大胆な嘘をつくことが大事だと思っています。例えば、作中に出てくるサッポロビールの宣伝販売車は、実際には他のビールメーカーのものを参考にしています。サッポロビールの宣伝車の資料もあったのですが、ビンの形をしている方が漫画的にはわかりやすかったので。

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(引用コマ:27巻・261話・23P)

(CAP:『ゴールデンカムイ』27巻で登場する、サッポロビールの宣伝販売車。作品のバランスを考慮して、ビール瓶タイプを選択している。)

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(引用コマ:左から6巻・52話・69P、20巻・197話・133P)

ーー「アイヌ料理・北海道の食」の精密な描き方やグルメシーンも作品の魅力の一つです。『ゴールデンカムイ』ではどのような意識で「食」を描いていたのでしょうか。

野田:食べ物でそのキャラクターのバックボーンを演出する狙いで描いていました。そのキャラクターの故郷を印象付けるといいますか。あとは、ご当地のものを出すことで、キャラクターたちの現在地を伝える意図もありましたね。

ーー作中でお気に入りの料理やメニューはありますか。

野田:釧路で主人公の杉元たちが食べていたラッコ鍋はいつか食べてみたいですね。ものすごく元気になりそうです。また、作中には登場させられていないですが、取材で食べた料理もいくつかあったんです。樺太の取材でニブフ(樺太の先住民族)に作っていただいた食事だったり、阿寒湖の取材で食べた鮫の油だったり。結局、そういった食べ物の全てを出せなかったのは後悔しています。

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(引用コマ:左から12巻・115話・93P)

(CAP:『ゴールデンカムイ』12巻で登場する、ラッコ鍋。釧路の漁師が譲ってくれたラッコ肉を調理したもので、食べた人にある効果をもたらすと言われている。)

現在の札幌の発展に繋がる、サッポロビールの存在

徹底した取材を背景に、札幌という街や北海道の文化が丁寧に作中で描かれていることが分かった。そんな細部まで描かれた札幌という街で、ひと際存在感を見せていたのは「サッポロビール」の存在。度々登場するビールの瓶パッケージや札幌麦酒工場でのバトルなど、印象に残るシーンが多い。サッポロビールと『ゴールデンカムイ』の関係性を探った。

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(引用コマ:左から6巻・52話・71P、25巻・249話・163P)

ーー作中では細部まで描かれた瓶パッケージも登場します。キャラクターたちが飲むお酒として、サッポロビールを選んだのはなぜでしょうか?

 

野田:やはりサッポロビールに「札幌」とついているのが大事ですよね。主人公たちは北海道から樺太まで様々な地域を回っているので、サッポロビールを登場させることで説明的になりすぎず、いま札幌にいるということを読者に伝えられるんです。

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(引用コマ:左から25巻・248話・160P、26巻・252話・24P)

 

ーー作品終盤では、実際に存在する札幌麦酒工場も登場しました。工場内で杉元と好敵手として登場する鯉登(※注6)が、シリアスかつユーモアあふれるバトルを繰り広げていたシーンは、ファンの間で人気のシーンのひとつです。札幌麦酒工場を舞台に選んだ理由はあったのでしょうか?

野田:札幌麦酒工場があったサッポロファクトリーには、若い頃によく映画を見に行っていました。あのあたりのレンガ造りの工場が一部残っているのは知っていたので、札幌で派手なバトルをするなら札幌麦酒工場しかないと考えていたんです。

(※注6:第七師団所属の少尉。自顕流の使い手で、鶴見中尉のお気に入り。金塊争奪戦によって大きく成長した一人。)

 

ーー樽でビールを飲みながら戦うのは斬新な演出ですよね。

野田:物語を進行させるために、アシリパを見守っていなければならない立場の杉元が、何かしらのアクシデントでアシリパと離ればなれになってしまう展開がよくあります。そのアクシデントをできるだけ読者が納得のいく内容かつ、面白い展開で見せたいと考え、作中のように描きました。上手くいったと信じています。

ーーこのシーンを描くにあたり、実際に工場見学もされたのでしょうか?

野田:自分の足では行けなかったんですけど、カメラマンさんに頼んで、取材兼撮影をしてきてもらいました。お礼として、サッポロビールさんに牛山先生とアシリパを描いたサイン色紙を贈らせていただきました。作品とはいえ工場を破壊したのにシャレを分かってくれて、懐が深く本当にありがたかったです。

ーー当時のビール工場の様子は札幌市内にあるサッポロビール博物館で観覧できます。野田先生にとってサッポロビールとはどんな存在でしょうか?

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野田:個人的には、やはり「サッポロビールは故郷の味」ですね。また、『ゴールデンカムイ』としても、かなり重要なモチーフになっていると思います。札幌麦酒工場の建設にアイヌの埋蔵金が流用されたという設定を描いていたり、作品の設定に深くかかわる日露戦争の結果にビール税が影響したり。故郷の名産品をこのように自分の作品に使わせていただき、作品に深みが出たのは非常にありがたいし、誇りでもありますね。

プロフィール

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野田サトル

北海道北広島出身。2003年に別冊ヤングマガジン(講談社)に掲載された読み切り「恭子さんの凶という今日」でデビュー。2006年には「ゴーリーは前しか向かない」で、第54回ちばてつや賞ヤング部門大賞を受賞する。2011年から2012年にかけて週刊ヤングジャンプ(集英社)で「スピナマラダ!」を連載。2014年より同誌にて連載され2022年に完結した「ゴールデンカムイ」は「コミックナタリー大賞2015」第2位/「このマンガがすごい!2016オトコ編」(宝島社)第2位/「マンガ大賞2016」第1位/「第2回北海道ゆかりの本大賞コミック部門」 大賞/「第22回手塚治虫文化賞」マンガ大賞/「第24回文化庁メディア芸術祭マンガ部門」ソーシャル・インパクト賞/大英博物館マンガ展(2019)キービジュアル/第51回日本漫画家協会大賞/令和4年度芸術選奨文部科学大臣新人賞/「この15年に完結したマンガ総選挙」大賞を受賞したの15年に完結したマンガ総選挙」大賞「この15年に完結したマンガ総選挙」大賞。TVアニメ第五期決定、実写映画は1月19日公開。

-information-

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「ゴールデンカムイ 」野田サトル最新作

全ての挫折を祝福へと変える!改善・成長・進化系アイスホッケー超回復コミック!!

「ドッグスレッド」

1巻1月18日、2巻2月19日、2ヶ月連続発売。

クレジット

Photograph_Maho Hiramatsu

Text_Fumihiko Takahashi

Design_Tatsuki Hanaoka
Design_Ayana Tsunoda 

Edit_Tenji Muto(amana)

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