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”多様性”をキーワードに
アメリカで人気急拡大を続けるクラフトサイダー

ピーター・イーさんは、バスク地方のハードサイダーを初めて飲んだ時、カミナリに打たれたような衝撃を受けたといいます。長年ワインのバイヤーを務めてきたイーさんは、風味が単純で甘いサイダーは食事に合わないと思い込んでいました。しかし、そのバスク地方のサイダーは違いました。「香り高く」「辛口で複雑」と、上質なワイン特有の特徴を備えていたのです。

「ワイン業界で25年間働いてきたおかげで、これこそが自分の人生をかけて探していた味だと確信できたのです」とイーさん。

韓国系アメリカ人であるイーさんは、プライベートでもキムチやマッコリを作っていたため、醸造に対する心理的抵抗は全くありませんでした。このバスクサイダーをアメリカで再現することに夢中になったイーさんは、妹のスーザンさんと「ブルックリンサイダーハウス」を立ち上げたのです。

クラフトサイダーに情熱を注ぐアメリカ人はイーさんだけではありません。近年アメリカではクラフトサイダーが一大ブームとなり、新しい生産者が次々と現れています。アメリカ人のサイダー消費量は10年前に比べて10倍に増えたと語るのは、アメリカン・サイダーアソシエーション(ACA)のエグゼクティブディレクター、ミシェル・マクガレスさん。このサイダー業界で今一番トレンドとなっているのが小規模ブランドです。ニールセン社が実施した2022年のサイダー市場調査によると、地方の小規模ブランドによる市場シェアが、2018年比で51%も増加しているということです。

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ハードサイダーのティスティング

サイダー市場が拡大するにつれて、業界の多様性もより豊かになってきました。作り手はアジア人、黒人、ラテン系アメリカ人などバラエティに富み、彼らは自分たちの文化を反映した新しいフレーバーや製造方法を追求しています。一方、消費者も以前と比較して若年層が増え、また、自分たちと同様の出自や文化的起源をもつ生産者のサイダーを求めるようになっています。

オレゴン州セイラムで不動産業を営むホセ・ゴンザレス・シニアさんにとって、5年前に訪れたサンディエゴのサイダーフェスティバルがサイダー造りへと踏み出すきっかけでした。ゴンザレスさん夫妻は、そこで飲んだあるサイダーを特に気に入ったものの、同時に何かが足りないと感じたといいます。「その時妻が、ライムやタマリンド、ハイビスカスなど、子どもの頃から慣れ親しんできた味のサイダーがあったらいいなと思い始めたのです」とゴンザレスさんは振り返ります。

「子どもの頃から慣れ親しんできた味のサイダーを作ることができたら素敵だと思いました」

ホセ・ゴンザレスさん、ラ・ファミリア

そこで、ゴンザレスさんは母のルルドさんにタマリンドとハイビスカスのアグアフレスカ(フルーツ、水、砂糖、ライムジュースで作るメキシコの伝統的なソフトドリンク)を作ってもらいました。このアグアフレスカにハードサイダーを混ぜたところ、とても美味しい味に仕上がったといいます。現在2人は、「ラ・ファミリア」のブランド名で、グアバ、タマリンド、青りんご、ハイビスカスのハードサイダーをセイラムにあるテイスティングルームとオレゴン州内のショップで販売しています。

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メキシコのフルーツドリンク「アグアフレスカ」

ゴンザレスさんによると、ラテン系アメリカ人はもちろん、クラフトビール文化に共感する人々や新し物好きな消費者たちも「ラ・ファミリア」を支えてくれているといいます。息子のホセ・ゴンザレス・ジュニアさん(通称ジェイジェイ)も、自分と似たバックグラウンドの人たちがショップにやってきてはサイダーを飲み、コスタリカへの旅行や趣味のサルサダンスに関する話で盛り上がっているところを見るのがとても楽しいといいます。「皆さん私たちのサイダーを気に入り、他とは違うとほめてくれます」。

サイダーが持つ深淵な歴史

ワシントン大学にあるサイダー史科によると、「ケルト人がりんごでお酒を作っている」という紀元前55年のローマ人の記述が、サイダーが歴史に登場した最初だということです。この古代のお酒は、収穫、製造、飲酒を通じて地域社会の横のつながりを作る役割を果たしていたと考えられています。サイダーは古くからイギリスやフランス、スペインのお酒だと考えられてきましたが、アメリカにおけるサイダーの歴史も長く、16世紀に北米の植民地で作られたのがその始まりです。

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古いサイダープレス機  チューリッヒ

しかし、有色人種の人々の活躍がなければ、今日のサイダーの物語は成り立たなかったといっても過言ではないでしょう。「私たちの地元では、奴隷として働いていたアフリカ系アメリカ人がサイダーの製造を担っていました」とバージニア州にある「ロストボーイサイダー」の創始者、トリスタン・ライトさんはいいます。

アメリカ建国の父、トーマス・ジェファーソンの故郷、モンティチェロでは、元奴隷のジュピター・エバンズさんがサイダーの生産者として名を挙げました。エバンズさんについては、「シビルイーツ」の記事をご覧ください。また、日本と韓国はともに発酵食品や醸造酒の長い歴史を持ち、特に日本では高品質なりんごが栽培されています。「タヌキサイダー」のオーナー、ロビー・ホンダさんは、今日のアメリカでサイダー用のりんごを摘んでいるのは主にラテン系の人々であり、この業界は彼らに支えられているといいます。

日系アメリカ人4世のホンダさんは、北ソノマ郡の小さな街、セバストポリで曽祖父が始めた、100年の歴史を誇るグラベンシュタイン種のりんご園で育ちました。そして、今は亡き兄を説得し、2014年にサイダーブランドを立ち上げたのです。

子どもやお酒を飲まない消費者に人気のノンアルコール・スパークリングサイダーで知られるブランド「マーティネリ」。ホンダさんの「サンタクルズ」サイダーは、ここと同じニュータウンピピン種のりんごを使っています。

カリフォルニア州ワトソンビルでは、多くの果樹園がりんごよりもはるかに収益性が高いぶどうやいちごに乗り換えてしまいましたが、ホンダさんは、りんごに高いお金を払うことで、この地域のりんご栽培文化の維持に貢献しています。

「いちごやぶどうを植えるためにりんごの木を引っこ抜くのではなく、守り続けること、りんご園とその物語を後世に伝えていくことに注力していきたい」とホンダさんは語ります。

今日のサイダー生産者やそのファンたちは、歴史や土地とのつながりを復興させるだけでなく、サイダーの幅広い魅力を新しい消費者に伝えていく役割も担っています。

りんご、ぶどうと原材料は違っても、どちらも果物を発酵させて作るサイダーとワインの境界線は次第に曖昧になってきています。例えば、オークランドにある「レッドフィールドサイダーバー+ボトルショップ」では、自然派ワイン生産者が作ったものをはじめ様々な地元産サイダーを販売しています。「自然派ワインの生産者がサイダー造りを受け入れたことは、とてもおもしろいトレンドだと思います」と、このバーを妻のオリビア・マキさんと共同所有するマイク・ライスさんはいいます。

Cider Soms」として知られるシカゴ在住のマライカ・タイソンさんによると、サイダーは伝統的品種のサイダー用りんごを使って作られる辛口サイダーと、調理用りんごを使って果物やハーブで味付けした甘口の2種類に大きく分類できるといいます。しかし今では、ロゼ、サワー、単一品種を使ったものから自然酵母を使った一風変わったものまで、誰でも自分の好みの味を見つけられるほど多様なバリエーションがあるといいます。

タイソンさんとシーンさんが初めてサイダーに出会ったのはセントルイスでした。その後シカゴに引っ越してきた2人は、サイダーの種類の豊富さに驚いたといいます。サイダーの人気はアフリカ系アメリカ人の間でもじわじわと高まってきていますが、タイソンさんは、サイダーがモスカートワインに続く人気のお酒になる確率は低いと考えています。「黒人にとってサイダーは、ワインやコニャックのような高級酒ではありません。また、サイダーを好んで飲んでいる黒人のセレブがいるわけでもありません」

しかし、黒人系のサイダー生産者で、ワインとビールも作るハンナ・ファーガソンさんは、黒人の消費者も、サイダーの魅力を知ればきっと好きになってくれるはずだと考えています。最近開催された展示会を訪れた人々に「サイダーは、りんごジュースとは異なるドリンクで、ビールとワインの中間のようなお酒に炭酸と風味を加えています」と説明したところ「それは美味しそうだね、といってくれたんです!」とファーガソンさんは振り返ります。

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サイダーでつながるコミュニティー

ファーガソンさんは、趣味でワインを作り始め、リースリングやシラーに挑戦しました。そこからビールの醸造を仕事にするようになり、現在は、オハイオ州ヤングスタウンで「ドープサイダーハウス&ワイナリー」のオープン準備を進めています。店名のドープ(Dope)は「dwelling on positive energy」(ポジティブなエネルギーにこだわる)の頭文字からきています。このお店がオープンすれば、彼女はオハイオ州でサイダーハウスをオープンした最初の黒人女性になるということです。

「ドープ」では、地元産のりんごで作った季節のサイダーに加え、冬には温かいスパイスドサイダーも販売する予定です。サイダーをたしなむコミュニティーの大多数は白人系ですが、ファーガソンさんは温かく受け入れてもらえたそうです。彼女が初めて参加したサイダー関連のカンファレンスでは、多くの人が起業についてアドバイスしてくれたといいます。

業界全体を見ても、多様性を受け入れ、その流れを進めようという動きが高まっています。ライトさんによると、ロストボーイでは従業員の70%がBIPOC(黒人、先住民、有色人種)とLGBTQ+の人々です。全米サイダー協会(ACA)の反人種差別、エクイティー&インクルージョン委員会のメンバーを務める「レッドフィールドサイダー」によると、「アンショサイダリー」と、飲料業界のインクルージョンを推し進めるNGO「ビアーカルチャー」は、ACAが毎年主催する会議「サイダーコン」に出席するBIPOCの生産者に奨学金を提供しているということです。

その他の大手ブランドも、民族的マイノリティーの人々が所有する小規模なブランドとのコラボレーションを進めています。例えばファーガソンさんも、アメリカ人のサイダー熱を盛り上げようと活動を続ける「アングリーオーチャード」と協力して作ったサイダーを、黒人が経営する醸造所を対象とするコンベンション「バレル&フロー」に出品しました。また今年5月には、タヌキサイダーのホンダさんとワインメーカーのマイケル・ソネスさんが、ニュータウンピピン種のりんごとピノノワールのぶどうを一緒に発酵させた「ニュータウンノワール」をリリースしています。

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この記事はThe Guardianのマリア・C・ハントが執筆し、Industry Dive Content Marketplaceを通じてライセンスされています。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@industrydive.comまで。

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