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2000年の歴史を誇るスリランカ原産のココナッツ酒が
今最もトレンディな理由
左: Courtesy of Ceylon Arrack、右: Courtesy of Botanik Bistro & Bar
スリランカの首都コロンボのすぐ北にあるナタンディヤ。この町のロックランド蒸溜所が所有する7万平方メートルの広大なココヤシ農園で働く、ロイ・ジャヤラス氏の1日は早朝から始まります。ゆらゆら揺れる背の高いココヤシに登り、花の切り口から白いミルク状の樹液を採取するのが彼の仕事です。ココナッツの外皮の繊維、コイアでできた2本のロープの上でバランスを取りながら、木から木へと綱渡りをしつつ、壺がいっぱいになるまで樹液を集め続けます。(このようにしてココヤシの樹液を集めることを「トディー・タッピング」といいます。)このココヤシの樹液は、スリランカ名物の蒸留酒、アラックを造るのに使われます。2000年近い歴史があるアラックですが、スリランカ国内のみならず海外のトレンディーなバーで見かけるようになったのはつい最近のことです。
上質なココナッツアラックは、樹液と水というわずか2つの材料から造られます。採りたての樹液は、ココナッツの香り豊かで、少しスパイシーかつ甘い濃厚な味です。天然の糖分と酵母が含まれている樹液は放っておくと自然に発酵し、アルコール度数約4%のトディーと呼ばれるワインのような飲み物になります。採取から数時間後、アルコール度数が約7%まで上昇したら、ウイスキーと同じように蒸留してアルコール度数を60%程度まで引き上げます。それから水で40%くらいに薄め、ハルミラ(アジアの熱帯地方に育つ木)の桶で3年以上熟成させてボトリングすれば、アラックの完成です。
ココヤシに登ってココナッツアラックの原料となる樹液を採る。 Photography by Zinara Rathnayake
この農園では、ジャヤラス氏を含め、6人の“トディータッパー”が働いています。今年56歳になったジャヤラス氏は、2人の叔父がココヤシに登って働くのを見て育ち、13歳でこの道に入りました。今は1日2回木に登っています。朝は樹液を採取し、午後は樹液の流れを増やすために、まだ開いていない花序(小さな花の集まり)に傷をつけていくのです。ジャヤラス氏は、毎日100本もの木から樹液を集めています。
ロックランド蒸溜所の管理者であるラプティ・ディルクス氏は、トディー・タッピングは、父から息子へと何世代にも渡って受け継がれてきた伝統の技だといいます。優れたタッパーなら1カ月に12万スリランカルピー(日本円で5万円弱。スリランカの平均月収は2万円程度)も稼げるのですが、若い後継者を見つけるのは難しい状況です。「身分が低い人の仕事だと思われているので、若い世代は他の仕事に流れてしまうのです」とディルクス氏はいいます。
トディートッパーは、1日に何十本もの木に登って樹液を採取します。 Photography by Zinara Rathnayake
ジャヤラス氏の子どもたちも例にもれず、別の肉体労働をキャリアとして選択しました。木に登る前に手を合わせてお祈りしながら、彼は次のように説明します。「祈れば神様が守ってくれます。一番大変なのは木に登ること。多くの人は、ロープの上を歩くのが怖いといいますが、私は平気です。もう慣れっこですから」
アラックの起源を示す資料はほとんど残っていませんが、口伝によると、何世紀も前の軍隊は、戦の際に先頭を走る象にトディーを出陣前に与えていたそうです。スリランカで捕虜として19年間過ごしたイギリス人の船乗り、ロバート・ノックスは、1681年の著書「An Historical Relation of the Island Ceylon(セイロン島の歴史的関係)」に、捕虜たちが自分たちで飲むためにアラックを蒸留したと書いています。16世紀中頃になるとオランダ人が植民地支配を開始し、スリランカ西岸でココヤシのプランテーションを築いてマレーシアやインドへココナッツアラックを輸出するようになりました。
北はチラウから南はマータラにかけての一帯を指して「私たちはこのあたりをスリランカのトディーベルト地帯と呼んでいます」とディルクス氏は言います。「最高のトディーが採れるのはここなのです」
ここ数百年のスリランカとアラックの関係はやや複雑です。1796年にスリランカの沿岸地帯を支配したイギリス人たちは、アラックの貿易も掌握しました。その結果、続く数十年間にわたってアラックの生産は減り続けました。
これにはいくつもの理由があると、「The Adventure of Arrack(アラックの冒険)」の著者、ミシェル・グナワルダナ氏は書いています。輸入国がアラックに対して高い関税をかけただけでなく、イギリスへの輸出を妨げるために、東インド会社がアラックの輸送を禁止するようになりました。1830年代までにイギリス人は、アラックの生産販売を許可制にして、現地での生産を縮小しました。その後イギリス政府は、今なお存在する関税省を創設し、違法な取引を取り締まり、アラックの生産を大規模生産者に限定しました。
スリランカにおけるアラック生産は、数世紀にわたって様々な困難に直面してきました。Photography by Zinara Rathnayake
1960年代〜70年代にかけては、厳しい干ばつと労働者不足によってココナッツの供給が減少し、一部の蒸溜所では様々なアラックのブレンドを造り始めました。このような代替品が出てきたことによって、アラックには“大衆向けの安酒”というレッテルが貼られてしまったとディルクス氏は説明します。
このように長い間ないがしろにされてきたアラックですが、世界各地のバーテンダーが高く評価するようになるにつれて、近年スリランカではココナッツアラックの人気が再燃しています。
スリランカではココナッツアラックを使ったカクテルを作るバーテンダーが増えています。Photography by Zinara Rathnayake
コロンボにある「ボタニック・ビストロ&バー」の開発部長、ナディラ・ジャヤスーリヤ氏によると、ロックランドをはじめとする現地の蒸溜所がこのトレンドを仕掛け、アラックを飲んでファンになった人たちがSNSで口コミを広めているということです。アラック人気の再燃は、自分の国の食材へのこだわりに対する興味関心の高まりを示していると彼女は考えています。「地元食材へのこだわりは、世界的なトレンドになっています。またこの傾向は、パンデミックを機により一層強まりました」と説明します。新型コロナウイルス関連の規制によって輸入が制限された結果、地元で採れる食材がこれまで以上に注目されるようになったのです。
「これまでは、アラックはバーに行って飲むような物ではありませんでしたが、今ではメニューにウイスキーやスコッチがあってもアラックを選ぶ人が増えています」とコロンボの「シナモン・レイクサイド・ホテル」にあるアラックが堪能できるバー「コロンバール」のバーテンダーでカクテルメニューの開発も担当するダヌーシュカ・ディアス氏はいいます。
コロンバールの副店長、ミシェル・バンダラ氏もこれにうなずきます。「コロンバールは、ココナッツアラックのようにスリランカらしい味を海外からの観光客に紹介するための場としてスタートしましたが、今では地元の人たちにも非常に受けています。グラスではなくボトルでの注文も増えているほどです」
現在ロックランドでは、3年、7年、10年もののアラックをブレンドした新しいプレミアムブレンド「セイロンアラック」を含む数種類のココナッツアラックを生産しています。ココナッツの香り弾ける、すっきりまろやかな飲み心地が自慢です。
ディアス氏が開発したカクテルの1つで、セイロンアラック、ココナッツミルク、ジャグリー(ヤシの樹液から造られる精製されていない砂糖)、カルダモンから作られるドドラは、スリランカの伝統的なお菓子「ドドル」を思わせる味がします。「最初にアラックのカクテルをお客様にお薦めした時は、なかなか受け入れてもらえませんでした」とディアス氏は当時を振り返ります。「でも私には自信がありました。そして私は正しかった。みんなが美味しいと言ってくれました」
ディアス氏の考案したカクテル、パディッカマは、スリランカの人が食後に噛みタバコのようにして嗜む、ベテルリーフとベテルナッツを混ぜたブラット・ウィタのような味がします。このカクテルの名前は、ディアス氏の祖父母がベテルリーフを載せるのに使っていたお盆から来ているといいます。「地元らしい要素をカクテルに取り入れようと試行錯誤していた頃に、祖父母と過ごした日々を思い出し、あの味を再現しようと思いついたのです」
ココナッツアラックへの注目が高まっているもう1つの理由は、スリランカ観光が成長してきたことです。「スリランカに来た外国人は、スコティッシュ・ジン・カクテルを飲もうとは思いません。彼らは、何か地元のもの、私たち地元民が飲んでいるものを飲みたがるのです」とジャヤラス氏はいいます。
「ボタニック・ルーフトップ・ビストロ&バー」では、セイロンアラックを使った2種類のカクテルを提供しています。1つはパンダン、キングココナッツ、クジャクヤシの花の蜜から作ったキトゥルトリークル、もう1つはタマリンドとパッションフルーツと、どちらも地元産の材料をふんだんに使っています。「お客様がどう反応するかは全く予想できませんでしたが、今ではどちらもうちのベストセラーになりました」とジャヤラス氏はいいます。
高級レストラン「モンスーンコロンボ」で働くバーテンダーのナビール・ケニー氏も、観光客の間でアラックの人気が高いことを認識しています。「アラックのカクテルがあるかどうかよく聞かれます」と、同じくアラックベースのカクテルを開発中のケニー氏はいいます。
アラックの人気は、もはやコロンボやスリランカに限られたものではありません。ココナッツアラックはロンドンでも流行中で、「ホッパーズ・ロンドン」や「ザ・ココナッツ・ツリー」など、トレンディーな南アジア料理レストランのカクテルにも使われています。スリランカ出身の両親を持つバーミンガム生まれのセレブバーテンダー、ライアン・チェティワルダナ氏さえも、カクテルにこの蒸留酒を使っているほどです。
「私の故郷であるスリランカで最も古く、ほとんど忘れ去られていたアラックは、私たちのバーでは非常に特別な存在です」とドイツのカクテルバー「トディータッパー」のオーナー、インディカ・デ・シルヴァ氏はいいます。彼の夢は、ドイツ人には馴染みのないフレーバーや材料を使った「文化的な味の旅」を提供すること。このバーで一番人気のカクテルの1つ、ジャック&ジルには、セイロンアラック、カルダモン、ジャックフルーツ、カラマンシーなどが使われています。
数々の苦難に見舞われてきたにも関わらず、スリランカの蒸溜所やバーテンダーたちは、数千年におよぶココナッツアラックの伝統に対する誇りを取り戻し、革新的な方法でこの蒸留酒を再定義しています。「メキシコといえば誰でもテキーラが頭に思い浮かびます。同様に、スリランカと聞いた時に、世界中の人々がココナッツアラックを思い浮かべるようになって欲しいと思っています」とディアス氏。「アラックには、私たちの歴史と文化が1つに溶け合っています。その素晴らしさを世に伝えることが私たちの使命なのです」
この記事はSaveurのジナラ・ラタナヤケが執筆し、Industry Dive Content Marketplaceを通じてライセンスされています。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@industrydive.comまで。