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失われたブレンディングの伝統が復活し、
人気を集めるアイリッシュウイスキー
地元で蒸留された少量生産のウイスキーを使ったカクテルが楽しめる、ダブリンの「サイドカー・バー」で働くバーテンダー
かつてアイルランドでは、異なる蒸留所から様々なウイスキーを直接買い付け、ブレンドして売る「ウイスキーボンディング」が盛んでした。この失われた伝統を、アイルランドの西海岸を走るワイルド・アトランティック・ウェイから一歩内陸に入った村、クーラクレアで現代に復活させたのが「J. J. コリー」です。一族に代々受け継がれてきた17世紀の石造りの納屋を改装したひんやりとした貯蔵庫には、ウイスキーの樽が整然と並び、カラメル、バニラ、スモーキーなベーコンなど連想させる“天使の分け前”が漂っています。ウイスキーは熟成する間に樽の木目を通して蒸散し、凝縮されていきますが、昔の職人たちはこれは天使がこっそり飲んでいるからであり、だからこそ美味しいウイスキーができると考え、目減りした分を天使の分け前と呼んできたといいます。この芳香を胸いっぱい吸い込めば、創設者のルイーズ・マクギュエインさんが巧みにブレンドしたウィスキーの味のヒントが感じられます。
「スチルから出てきた瞬間からお客様のグラスに注がれるまで、私たちにはウイスキーを正しい方向に導いていく責任があります」というマクギュイエンさんは、2015年にJ.J.コリーを創業するために故郷へと戻って来るまで、ペルノ・リカールやモエ・ヘネシーなど国際的なブランドでキャリアを積んできました。「弊社は、ウイスキーの味や香りを幅広く取り揃えることを目指しています。私の仕事の大部分は、スペインのヘレスやケンタッキー州をはじめとする酒造地帯から樽を調達することです。こうした樽で寝かせることによって、ブレンドウイスキーに面白い味や香りを付け加えられると考えています。私たちはこれを『ウッドプログラム』と呼んでいますが、真の目利きでなければできない作業です」
アイルランドにおけるウイスキー醸造について残っている最古の記述は、ウイスキーの健康効果についての長い論文が掲載されている「オソリーの赤本」という中世の写本です。ウイスキーの語源「アクア・ヴェテ(ラテン語で“命の水”という意味)」は、ゲール語で「ウィシュケ・ベァハ」ですが、これがやがて英語に取り入れられ、「ウイスキー」になりました。パブや食料雑貨店にウイスキーの新酒を卸していた蒸溜所と共に発達したボンディングもまた、アイルランド独自の伝統です。ボンディングを行う“ボンダー”は、お得意様用に樽に入ったワイン、シェリー、ラムも扱っていたので、空になった樽を再利用して超地域密着型「ハウスブレンド」の熟成ウイスキーを作っていました。「どのボンダーも、自分だけのやり方やブレンドのレシピを持っていたはずです」とマクギュイエンさんは言います。
ケンタッキーやヘレスから調達した樽でブレンドウイスキーを熟成させるJ. J. コリーの貯蔵庫
Image courtesy of Shane Mitchell
マクギュイエンさんが最初にボトリングしたシングルモルトとグレーンウイスキーの奥深いブレンドは、この地で小さな商店を経営していたJ. J. コリーの自転車「ザ・ゲール」から名付けられました(1890年代にクーラクレア近郊の町、キルラッシュにあったコリーの店では、紅茶、ラム酒、楽器、銃、そして彼のオリジナルである「コリーズ・スペシャル・モルト」が1杯5ペニーで売られていました)。しかし、20世紀前半には、大飢饉と戦争によって国全体が困窮し、やがてボンディングという商売も消えてなくなり、さらにアメリカの禁酒法によって社会経済的なダメージを受けたウイスキー産業も、同じく衰退の一途をたどりました。ラテン語で「恐れ知らず」を意味する「シネ・メトゥ」を家訓とするアイリッシュウイスキーブランド「ジェムソン」は、この時代を生き残った数少ない蒸溜所の1つです。
しかし、それも今や昔話です。
アイルランドでは、マクギュイエンさんのような新世代のブレンダーやクラフト蒸溜所が再び次々と生まれています。蒸溜所は全国で40件を超え、その多くが少量生産のコラボレーションに力を入れています(現在アイルランドでは350万バレルのウイスキーが熟成されています)。「ティーリング」や「ロー&コー」など、ダブリン市内の蒸溜所のウイスキーを使ったカクテルが自慢の「サイドカー・バー」でヘッドバーテンダーを務めるオイシン・ケリーさんは「アイリッシュウイスキーは、スコッチやスペシャルティ・バーボンほど厳格ではないので、それほど多くの決まりごとはありません」といいます。このバーでは、リバティーズ地区の教会を改装した蒸溜所で造られるウイスキー「ピアース・ライオンズ」も提供しています。「今は、ウイスキーを巡る物語の一部になろうとする意欲を持った新しいアイリッシュウイスキーが毎日のように出てきています」と彼はいいます。「ワインやシェリーの生産者とパートナーシップを結んだり、面白い樽を調達してきたりと、新しい試みが行われているのです」
マクギュイエン家が代々所有する農家の屋内に造られたテイスティングルーム
Image courtesy of J.J. Corry
アイルランド南部のコーク県を拠点とする「クロナキルティ」は、バージニア州でライウイスキーを造っている「カトクティン・クリーク」から仕入れたライウイスキーのクォーターカスクに加えて、「26ディグリー」や「ペリカン」といったアメリカのブルワリーと提携してIPA樽でもウイスキーを熟成しています。アイルランドの大麦地帯の中心に位置するロイヤルオーク蒸溜所は、「ザ・バスカー」ブレンドの熟成に伝統あるシチリアのワイナリー「カンティーネ・フローリオ」のマルサラワインの樽を使っています。「ランベイ」は、アイリッシュ海に浮かぶ島の井戸水で昔ながらの3回蒸留を行い、「カミュ」のコニャック樽で仕上げています。ケリー氏は、こうした新しい事業によって、地方の町や村が活気づいてきていることを強調していました。「アイリッシュ・ジンのドラムシャンボを造っているチームは、全員が地元出身です。蒸溜所が出来たおかげで、この町に引っ越してくる人も増えました。彼らはアイルランド産の穀物や小麦を買ってくれるので、農家も潤っています」
先祖代々伝わる農家で行われたテイスティングで、ルイーズ・マクギュイエンさんは、近代以前の暮らしの雰囲気を出すために、部屋の明かりを消しました。クレア県西部ではよくあることですが、窓の外では風が吹きすさんでいます。空気には潮の香りが満ちて、質素な窓枠を風がガタガタと鳴らします。希少な26年もののシングルモルトがほのかに感じられる最新作「ザ・ゲール・バッチ・ナンバースリー」のグラスを傾けつつ、マクギュイエンさんは、ワイルド・アトランティック・ウェイは独特な小気候の影響を受けているので、一時間毎に天気が変わることも珍しくはないと説明してくれます。しかし、アイルランドの人たちは天気のことなど気にもかけていないようです。アイルランドの脚本家ジョージ・バーナード・ショーがかつていったように、「ウイスキーは液体の太陽」なのですから。
この記事はSaveurのシェーン・ミッチェルが執筆しIndustry Dive Content Marketplaceを通じてライセンスされています。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@industrydive.comまで。