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彼女がくれた座右の銘 

「ねえ、どんな味だった?」 

テーブルの向かいに座る彼女が、私の背伸びを見透かすように口角を上げて言った。テイスティングした白ワインは、どちらかといえば辛いけど、フルーティだと言われれば確かにそうとも思えて、「これで」と言うほかなかった。 

恵比寿駅の東口から十分ほどのところにあるフレンチレストラン。ネットで調べた限りでは“アットホームな空間”と書かれていたのに、店内はロウソクの火の揺れさえ音として聞こえそうなほど、強固な静寂と緊張に包まれていた。 

ちょっとした下心だった。彼女とは二年ぶりの再会で、私は自分が少し大人になったところでも見せてやろうと、服も店も、気合いを入れて選んだつもりだった。でも蓋を開けてみれば、どうだろう。 

彼女は私より何倍も大人びていて、何十倍も美しくなっていた。一つ一つが僅かに違うデザインのネイル、昔は似合わなかったはずのグロス、長く伸びて巻かれた髪。どれも品があるし、今の彼女に似合いすぎている。私を過去に置き去りにするには十分な魅力を放っていた。 

「じゃあ、乾杯」 

薄い硝子でできたワイングラスに口をつける。その唇の動きすら、目で追ってしまう。彼女はこの二年でどんな経験をして、どんな失敗を経て、こんなにも美しくなったのか。社会人と学生って、そんなに違うものだろうか。「なんか、変わらないね」と懐かしむような目で言った彼女の言葉に、私は絶望しかけていた。 

彼女とは、大学時代に所属していたインカレの学生団体で出逢った。専門学校に入学したばかりの彼女は、他の大学生には見られない、影のような深みを持っていて、私にはその暗闇がキラキラと光って見えた。  

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