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リアルなプロレーサーに転身する新世代のゲーマーたち

Getting ready for the raceway increasingly means cutting your teeth on virtual tracks.

モータースポーツの最高峰であるフォーミュラ・ワン(F1)の英国グランプリが開催される本拠地であり、世界で最も有名なサーキットの一つとして名高いシルバーストーンサーキット。アクセルとブレーキの非常にシビアな使い分けが要求される容赦ないコースレイアウトが特徴です。このシルバーストーンで、ジェームズ・ボールドウィン氏がレーサーとしての確固たる自信を身につけたのは、ちょうど4周目に入ってからのことでした。

スッキリしない空模様と凍りつくような寒さに見舞われた早朝の危険なロードコンディションをものともせず、時速110マイル(約180キロ)で果敢にアタックするボールドウィン氏。濡れた路面にタイヤを取られたレースカーがコース外の草地へと飛び出します。ボールドウィン氏はブレーキを踏みこみ、ガタガタと揺れるハンドルを左に切ると、そのまま横滑りを続けます。しかし壁への衝突をなんとか回避し、また先ほどハンドルを切っていたおかげでマシンはうまい具合に態勢を立て直しました。

ボールドウィン氏は大きく息を吐き、低速ギアに切り替えてコース上へ戻ると、直後には再び110マイルまで加速して短い直線コースを全力疾走、すぐさま次のコーナーに飛び込んでいきます。しかし今回は、前のカーブでコースアウトしたこともあってか、少し速度を抑えているように見えます。

イギリス生まれのボールドウィン氏(22歳)は、サーキット上で繰り広げられたこの一連のドラマを、ヘルメットのバイザー越しではなく、レーシングシミュレーターのスクリーンを通して体験しました。というのもの、世界を代表するeスポーツドライバーの一人に名を連ねるボールドウィン氏は、ゲームの世界で得た賞金で生計を立てているプロゲーマーなのです。しかしその彼は今、リアルなサーキットを走る、リアルなプロレーサーとしてデビューするための猛特訓を続けています。

このトレーニングが始まる数ヶ月前、次のマリオ・アンドレッティ(F1の元ワールドチャンピオンで、アメリカのインディカーも制した名レーサー)を目指す若いゲーマーたちが経験豊富なプロレーサーと競い合うテレビ番組「World’s Fastest Gamer」のシーズン2でボールドウィン氏は見事優勝し、プロレーサーになるチャンスを手にしました。

同番組に参加したゲーマーは、バーチャルとリアル双方のサーキットでレースを戦い、また問題解決能力やリーダーシップの適性をテストするために用意されたチャレンジの数々に挑みました。撮影が開始されたのは2019年10月で、その時点では近所を運転したことがあるだけで、実際のレース経験は皆無だったボールドウィン氏ですが、わずか2週間後には「怖いほど速い」レースカーを時速130マイル(約210キロ)のスピードで疾走させ、ラスベガスモータースピードウェイのフィニッシュラインを通過していたというから驚きです。

なんとも無謀な話に聞こえるかもしれませんが、実際はそうでもありません。レースサーキットを全速力で駆け抜ける感覚をリアルに再現するドライビングゲームのおかげで、実生活で車を運転した経験がほとんどない人でも、レースに参加するまでの高度なスキルをマスターできるのです。あるリサーチによると「グランツーリスモ」や「フォルツァ」のようなゲームでトッププレイヤーになるスキルがあれば、モータースポーツの世界で最も過酷といわれる「ル・マン 24時間」のようなレースにも通用するということです。

そしてボールドウィン氏もまた、バーチャルからリアルなレーサーに転向したプロゲーマーの一人です。「このような“転身”はほかのスポーツではまずあり得ません」と語るのは、自動車メーカー勤務を経てテレビ番組「World’s Fastest Gamer」を立ち上げたダレン・コックス氏。「『FIFA』でどれだけ得点しても次のロナウドになれるなんてことは現実では起こり得ません」。確かにXboxで誰よりもサッカーゲームが上手いからといって、プロになってワールドカップに出場できるということはまずないでしょう。

モーターレース界においてバーチャルとリアルの境界線が曖昧になり始めたのは2008年、優秀なゲーマーをリアルなレーサーへと育成するテレビ番組「GT Academy」をコックス氏がローンチした頃からです。初代優勝者が2011年のル・マンで2位の座を獲得すると、F1やNASCAR(アメリカ最大のモーターレース)などもゲーマーの存在に注目し始めました。

この番組出身のゲーマーの中には、これら世界最高峰のモーターレースに参戦する自動車メーカーに就職し、新しいドライバーやファン獲得ためのオンラインチームやトーナメントの立ち上げに尽力した人もいます。そして続く約10年の間に数多くのゲーマーがリアルなモーターレースの世界へと旅立っていったのです。

しかし、eスポーツの世界から次のレーシングチャンピオンが生まれてくると誰もが確信しているわけではありません。世界最高レベルのレースで戦うには、生まれつきのドライビングセンスはもちろんのこと、肉体的・精神的なタフさが要求されますが、これらを養うにはシミュレーションではなく実際のサーキット経験が不可欠だと考える人も少なくないからです。

ボールドウィン氏は、この懐疑派たちが間違っていることを証明するため、猛烈なトレーニングを自分に課しています。参戦のチャンスを得てからは、700馬力を超えるマクラーレンのレースカーを乗りこなすのに必要なスキルを身につけるため、専任コーチを雇って練習を続けています。シミュレーターで何時間もトレーニングを積み、シルバーストーンのサーキットも走り込んできましたが、残念ながらコロナウイルス拡大のためデビュー戦は延期になってしまいました。

しかしボールドウィン氏はそんな逆境をものともせず、やがて来るレース本番に備えて非常にハードな身体トレーニングに取り組んでいます。「これこそ小さい頃からの夢でした。ここ数年のeスポーツでの経験から、自分には現実のレースでも非常に高いレベルで競う実力があると確信しています」

Esports ace James Baldwin with the ­McLaren he’ll drive in his live racing debut.

2019年11月のよく晴れた朝、ボールドウィン氏と「World’s Fastest Gamer」を勝ち残った3名のファイナリストたちが、ラスベガスモータースピードウェイに現れました。ラスベガス大通りから北東へ20分ほどの位置にあるこのサーキットでNASCARのドライバーたちは時速200マイル(約320キロ)の猛スピードを叩き出しています。しかしこの時点で、このテレビ番組の優勝者を決める22分間のレースでそこまでのスピードを出せる挑戦者がいるとは誰も思っていません。しかしボールドウィン氏は金髪の頭にヘルメットをかぶり、ファイバーグラスでできた流線形のボディが特徴のレーシングカー「Mitjet EXR LV02」に体を滑り込ませました。

スタートから全てのマシンが全力で走り始めます。カリフォルニア州出身のミッチェル・デ・ヨング氏が2周の間先頭をキープしましたが、ボールドウィン氏がもの凄い勢いで追い抜きます。そこからは情け容赦のないレースが展開され、チェッカーフラッグが振られるまでに10秒もの大きな差が開きました。この数字はレースの世界では永遠にも匹敵するほどの差です。汗だくで意気揚々とコックピットから出て来きたボールドウィン氏をコックス氏は激励しました。「レーシングカーに乗ったことなどない若者が、たった2週間のトレーニングを行っただけで世界最速の車に乗り込みレースを席捲する。その現実を今まさにこの目で目撃しました」とコックス氏。

その後、メジャーデビューに向けてボールドウィン氏はさらなるトレーニングを開始しました。ロンドン近郊のブランズハッチサーキットでウォームアップをした後は、いよいよシルバーストーンでの特訓です。このサーキットは、ボールドウィン氏がF1を見て育った街からそう遠くないところにあります。当時、大抵の子どもが自転車に乗る練習を始める年齢になる頃、ボールドウィン氏は「カートを習わせて欲しい」と両親に懇願したといいます。カートがレーシングドライバーとしてのキャリアの第一歩であることはよく知られています。

とはいえカートは決してお金のかからない趣味というわけではありません。それなりの性能を備えたマシンを購入するのに数十万円、最もスペックの高いものになると1シーズンごとに数千万円レベルの費用が掛かります。それでも両親はボールドウィン氏の夢を応援してくれました。ボールドウィン氏も期待に応えて好成績を収め、17歳になると上級カテゴリーであるフォーミュラ・フォードへと進みます。6カ月間で4つのレースに出場し、満足のいく結果を残すことができましたが、2万ドル(約220万円)もの資金がかかったのも事実です。「両親に『これ以上続けられない』といわれてしまいました」とシミュレーターから出て来たボールドウィン氏は回想します。

学校でエンジニアリングの勉強をしている以外の時間は、自室でレースのシミュレーションゲーム「Project Cars」ばかりをプレイしていたというボールドウィン氏。これは1974年にまで遡る“レーシングゲーム”というジャンルの中で最も人気のあったタイトルの一つです。当時はアタリのアーケードゲーム「Gran Trak 10」が大流行し、皆がプレイするために小銭をつぎ込んだものです。このゲームにはリアル感たっぷりのハンドル、マニュアルシフトのほかブレーキやクラッチなどのペダル類も備わっていました。

ゲーム機のハードウェア自体はリアルでしたが、ゲームそのものは現実世界のインディ500が繰り広げる迫力にはほど遠く、どちらかといえば「マリオカート」に近いものでした。しかしこのようなゲームのスタイルは、現実世界の物理学や環境、運転技術を取り込んだ「グランツーリスモ」や「グランプリ・レジェンツ」のような名作が登場する1990年代半ばまでは極めて一般的なものでした。

2000年代に入るとオンラインゲームが台頭し、本物のサーキット上で繰り広げられるレースと同じくプレイヤー同士が競い合うことができるようになりました。一般のプレーヤーはプレイステーション4やXbox Oneのようなコンソールである程度満足できたかも知れませんが、筋金入りのゲーマーたちは、ステアリングホイール、シフター、ペダル、シートなど細部をリアルに再現した環境作りにもこだわり始めます。「さらにリアルな環境を整えることで、レース中のスピードが上がっただけでなく、レース自体をさらに楽しめるようになりました」とボールドウィン氏はいいます。

この頃からトーナメントに出場するようになり、20歳になった2018年にはロンドンのゲーミングチーム「Veloce Esports」に加入。学校を辞めて本格的に活動し始めてから1年もしないうちに「Project Cars 2」で世界のトップ選手に数えられるようになり、コックス氏から「World’s Fastest Gamer」への出演オファーも届きました。

コックス氏も「子どもの頃からカートにトライしたいと思っていた」といいますが、両親に経済的余裕がなかったため、代わりにテレビゲームにのめり込んだといいます。大学で政治と経済を学んだのちルノーに就職。日産自動車に転職してからは世界的なコンペティション部門の責任者として業績を積み重ねていきます。2006年に日産と「グランツーリスモ」のタイアップが始まると、コックス氏はゲームファンを招待して、プロドライバーと一緒にサーキットを走れるプログラムを開始しました。

「タイアップのプログラムを指導したインストラクターが私のところに来て『ゲーマーたちにはリアルな運転の才能がある』といってきたのです。その時、テレビ番組制作のアイデアがひらめいたのです」とコックス氏は振り返ります。才能ある若者を育て、新たなファンを獲得するチャンスを見出したコックス氏は、2008年に「GT Academy」という前代未聞のテレビシリーズを立ち上げます。イギリスで撮影されたこの番組は8シーズンに渡って世界160カ国で放送され、ピーク時の視聴者数は合計1億人にものぼりました。

A new generation of drivers are getting their start on consoles instead of racecars.

この番組をきっかけに、プロレーサーという新たなキャリアを立ち上げたゲーマーも数多くいました。ほとんどのゲーマーが自家用車より速い車のハンドルを握ったことがなかったという現実を考えると、これは快挙だといえます。番組初の優勝者となったスペインのルーカス・オルドネス氏は、その後112のレースに参戦し、ル・マンでの2度を含む21のレースでトップ3のフィニッシュを記録しました。またイギリス人のヤン・マーデンボロー氏は、運転免許を取得した2年後に番組のシーズン3で優勝するという快挙を成し遂げています。

日産は半年かけてマーデンボロー氏を鍛え上げ、2011年のドバイ24時間耐久レースでは3位の好成績をあげています。そしてそれ以降はプロレーサーの道を邁進しています。「バーチャルから現実世界への移行はごく自然なことだと感じました」と語るマーデンボロー氏。現在はKONDOレーシングに在籍し、日本のスーパーGTに参戦しています。「当時19歳だったことも多分プラスに働いたんだと思います。危ないからやめた方がいいと“助言”する脳の自己防衛機能がなかったんでしょうね(笑)」

またこのキャリア転換はこれ以上ないベストなタイミングで訪れました。プロレースチームの大半が拠点を置くイギリスで、2018〜19年にかけてF1の視聴率は24%も低下し、NASCARも2014年以降、観客動員数、テレビ視聴者数とも半分以上を失っているとの報告もあるほどです。

低下し続ける人気・視聴率に対処するため、モータースポーツ界は新しいマーケティング手法を常に模索しています。これに対しeスポーツは「コンテンツとして高い潜在価値を秘めており、新たなファン層を開拓する魅力的な機会を提示できる」と2017年に出された消費者視聴行動分析会社、ニールセン社の報告でも指摘されています。実際、この見解はサッカーゲームですでに実証されています。2016年のミシガン大学の研究によると、アメリカでサッカーの人気が高まっている一因は「FIFA」の成功にあるということです。

コックス氏は2015年に起業し、2017年にはカナダのTorque Esportsの傘下に入りました。彼が「World’s Fastest Gamer」をローンチしたのはその1年後のことでした。シーズン1はESPNとCNBCで放送され、約4億人が視聴しました。グランプリを獲得したオランダのルディ・ヴァン・ビュレン氏は、マクラーレンレーシングのシミュレーションドライバーというポジションを獲得し、F1 マシンのバーチャルテストを行っています。

これらは全てゲーマーによる快挙と呼べますが、ボールドウィン氏の挑戦はケタが違います。というのもマクラーレンのレースカー「720S GT3」を駆って、2020年のGTワールドチャレンジ耐久選手権シリーズに、ジェンソン・チーム・ロケットRJNから参戦する、という究極の挑戦だからです。「ここ数年でeスポーツからリアルへと、同じようなキャリアを辿った人はたくさんいます。しかし、私たちほど高いレベルのレースに挑戦している人はいません」とボールドウィン氏は力説します。「これが不可能ではないことを絶対に証明してみせます」

1台で60万ドル(約6600万円)の値がついた、カーボンファイバー製の“タイヤ付きロケット”とも言えるレースカーを自在に乗りこなせることを世界に示すと固い決意をもったボールドウィン氏。その彼が、今でもシミュレーターで長時間のトレーニングを積んでいることは皮肉に聞こえるかも知れません。しかし他のプロレーサーも状況は同じです。最も高価なものでは十数億円もしますが、世界各国にあるサーキットのあらゆるロードコンディションを正確に再現できるシミュレーターでのトレーニングを採用しないレースチームはありません。

シミュレーターでトレーニングすることによって、ドライバーはレースカーやサーキットの特性に慣れることができ、またエンジニアは得られたデータを車両パフォーマンスの分析に活用できます。非常に精度の高いテクノロジーが搭載されているため、莫大な費用がかかるリアルなテスト走行に代わって、シミュレーターによるトレーニングが主流になっているのです。

同様の理由で、ボールドウィン氏のトレーニングもシミュレーターがメインになっています。自宅にある設備でトレーニングを行うほか、F1 の元エンジニアが設立したイタリアのAllinsports社製シミュレーターを利用することもあります。

ボールドウィン氏の両手はパドルシフトギアを備えたステアリングホイールを握りしめ(従来型のマニュアルシフトは、レースカーのコンピューター化とともにはるか昔に淘汰されています)、両足はアクセルとブレーキペダルに置かれています。そして目の前に設置された48インチのスクリーンから視線を離すことはありません。リクライニングチェアとほぼ同サイズのこのシミュレーターは、シルバーストーンのサーキットを望む会議室の一角に備え付けられています。

このシミュレーターで「rFactor 2」という市販のプログラムを使えば、何十台ものレースカーを試乗し、世界中のほぼすべてのサーキットをバーチャル体験することができます。サスペンションの調整やエンジンのチューニング、塗装のカスタマイズまで自由自在です。さらに、タイヤが横滑りした時に受けるダメージや、タイヤの摩耗、路面状況の変化によるトラクションの変化などもデータに組み込まれています。

これらのデータに基づいた計算から、シミュレーターは驚くほどリアルなフィードバックを提供してくれます。ボールドウィン氏が運転することになっているマクラーレンと同じく、マシンの動きに合わせてステアリングホイールが振動し、しっかり踏み込まないとブレーキが利かないようになっているので、失速やスピンを避けるための巧みなドライビング技術が要求されます。

James Baldwin practicing in a racing simulator.

ボールドウィン氏がゲームの世界で磨いてきたスキルが現実にも通用することはすでに立証されています。ニューヨーク大学上海校と香港大学の認知心理学者の研究によると、ゲーマーは視覚情報の処理と、それに基づいて行動する能力が一般の人よりもはるかに優れているということです。

さらに、高性能シミュレーターでトレーニングを行えば誰でもこの種の能力を5~10時間で「大幅に向上」させることができるため、効果的なトレーニングツールであるともされています。この2016年の結果は、ジュネーブ大学とパリにあるソルボンヌ大学の認知神経科学者であるダフネ・バヴェリア氏とアドリアン・ショパン氏の研究に基づいています。この二人が2012年に行った研究によると、目まぐるしく変化する状況下での素早い意思決定が求められるゲームをプレイすると、知覚、注意力、空間認知力が向上するとされています。

ショパン氏は、レースカー、環境、コントローラーが現実を忠実に再現しているとすれば、eスポーツのプレイヤーが本物のレーサーとして活躍できる可能性は大いにあると確信しています。「ゲームもリアルも同じ特徴を有しているので、本質的には同じことをしているといえます。つまり、ゲームで学んだことは現実世界に通用するはずなのです」

とはいえ、ボールドウィン氏は現実世界のリアルな体験を通じて、レーシングドライバーとしての能力を高めることが不可欠であると認識しています。そしてこれまでに数種類のレースカーでシルバーストーンを走り、最高で時速170マイル(約270キロ)というプロレーサーと同程度のスピードにおける運転のテクニックを学んできたといいます。

今年3月には、2日間にわたってフランスのポールリカールサーキットをマクラーレンで走り込みました。「チームは僕のパフォーマンスにとても満足してくれました」とボールドウィン氏。「ペースも安定感も素晴らしいといってもらえました。それに一度もクラッシュしなかった。これは、彼らにとって非常に大切なことなのです」。サーキット走行に挑む前には当然シミュレーターでみっちり練習を積んできましたが、それでも予想していなかったことが起こったともいいます。「本物のマシンはコックピットの中が暑いので汗をかくし、振動もすさまじかった。変に聞こえるかもしれませんが、実際にマシンに乗ってコースを走ってみるまで、こういったことはあまり意識しないものなのです」

暑さや騒音のほかにも、ゲーマーたちには学ぶべきことがたくさんあります。トレーニングを担当してきたコーチのロス・ベントレー氏は、より速く走ったり、潜在的なトラブルを回避するのに欠かせないタイヤやサスペンションが発する微妙なサインをゲーマーは見過ごしがちだといいます。eスポーツのドライバーの反射神経、集中力、手と目の動きの協調性には素晴らしいものがありますが、高速での長時間運転に向いていないタイプのゲーマーも多いとルノーのドライバー採用プログラムであるルノー・スポーツ・アカデミーのミア・シャリズマン氏はいいます。

レース中には、発汗で数キロも体重が減り、最大で通常の5倍にも及ぶ重力(Gフォース)にさらされ、心拍数は1分間あたり170回にまで上昇します。「激しいGフォースに耐えられる体幹と首の強さ、ブレーキをかけるための脚力の強さ、そして最も重要なのは、命の危険があると分かっていても戦うことができる不屈の精神力です。レーシングドライバーはこれら全てを兼ね備えていなければなりません」とシャリズマン氏。「レース特有の条件や環境を十全に再現することは本当に難しいのです」

幸運なことに、ボールドウィン氏は幼少期にカートを経験しているので、この点についてはある程度理解できているといいます。さらにF1 ドライバーのトレーニングを長年行ってきたサイモン・フィチェット氏の指導の下で身体強化と集中力を研ぎ澄ます訓練を積んでいます。「時には集中できないこともあります」とボールドウィン氏。しかし、最大の難関は死の恐怖を克服することかもしれません。レーシングドライバーとして長いキャリアを持ち、F1 やNASCARで活躍したファン・パブロ・モントーヤ氏も、「World’s Fastest Gamer」で審査員を務めた際に挑戦者たちが恐怖に苦しむ姿をその目で見てきたといいます。

「シミュレーターで高速コーナーを走るのはなんでもないことです。ボタンを押して、上手にできるまで何度も練習すればいいだけの話ですから。しかし現実のサーキットを時速150〜180マイル(240〜290キロ)で走っている時にコーナーに差し掛かる。でもアクセルを踏み続けなければならない。そうなると途端に意識が現実に引き戻されます。その瞬間に、リアルな世界でレーサーとして成功できる人とeスポーツの世界だけで終わる人の違いがはっきりとわかるのです」

子どもの頃の夢を叶え、ロンドン郊外のブランズハッチサーキットのスタートラインに立った時、ボールドウィン氏もこの試練に直面することになるでしょう。でも彼は、自分は絶対に大丈夫だと確信しているといいます。「1位でフィニッシュできれば万々歳、そうでしょう?」と生意気な微笑みを浮かべながらそう答えました。

この記事はPopular Scienceのローラ・パーカーが執筆し、Industry Diveパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされています。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@industrydive.comまで

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