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おいしさが分かる大麦を開発せよという難題に挑んだ大麦研究者
2024年現在、「サッポロ生ビール黒ラベル」には「旨さ長持ち麦芽」という特別な原料が一部使用されています。サッポロビールは2001年に岡山大学と共同研究して「ビールを劣化させる原因となる酵素LOX-1を持たず、一口目の旨さを長持ちさせるLOXレス大麦(以下、LOXレス大麦)」を開発し、そのLOXレス大麦が「旨さ長持ち麦芽」のもととなっています。特別な大麦はどうやって生み出されたのでしょうか。そもそも旨さを長持ちさせるとはどういうことなのでしょうか。
今回はそんな謎に迫るべく、日本ビール検定1級を持つサッポロビール広報部員楯 優作が「旨さ長持ち麦芽」の開発者の一人であるベテラン研究者の廣田さんを取材しました。
ビールは煙突の見えるところで飲め。ビールは新鮮なほどおいしい!
ドイツの古いことわざに「ビールは醸造所の煙突が見えるところで飲め」というものがあります。
これは「ビールは新鮮なほどおいしく、時間が経つと本来の味が損なわれていく」という意味です。近代はビールの製造技術の大幅な発達と進歩によって、そこまで極端な味の変化はなくなりましたが、それでも新鮮なビールほどおいしいというのは、みなさんもビールメーカーの工場見学などで実感したことがあるのではないでしょうか。
ビールについて少しだけ説明すると、ビールの主原料は麦芽とホップと水であり、(副原料で米やコーンスターチ、果物などを加える場合もあります)そこに酵母を加えて、発酵という過程を経ることでビールになっていきます。麦芽とは、大麦を収穫後に一定の条件下で発芽・焙燥させ、ビール醸造用に加工したものをいいます。大麦のままでは酵母による発酵ができないのです。
このように複数の原料のさまざまな変化、さらには発酵という過程を経てビールは作られるため、温度管理や時間の経過が味に影響を与えるという非常に繊細な飲み物なのです。
大麦遺伝子研究のプロフェッショナルが挑んだ新品種開発!
今回は「ビールの骨格を作る」ともいわれる麦芽のもととなる大麦を入社以来研究し続けて、2001年にLOXレス大麦を開発したサッポロビール原料開発研究所基盤研究グループの研究員廣田直彦さんにお話を伺いました。
楯)廣田さん、今日はよろしくお願いします。LOXレス大麦を開発されたお話、社員として聞けるのをとても楽しみにしてきました。まずはこれまでの経歴を教えてもらえますか。
廣田)よろしくお願いします。私は1990年にサッポロビールに入社して、これまで部署名はたくさん変わりましたが拠点はずっと群馬県太田市ですね。入社してから8年間は大麦の遺伝子についての研究をしていました。そのあと1999年から2008年の約10年間はLOXレス大麦について研究していました。その後は大麦の品種開発の責任者などを経て、現在は大麦の病気に対する耐性などを研究しています。
楯)なんと!大麦品種開発の責任者もされていたのですか。長年、遺伝子研究をされていたからこそ、その後の「旨さ長持ち麦芽」の開発にもつながったのでしょうか。
廣田)そう言われるとつながっているかもしれないですね。開発に関しての成分分析などでは遺伝子研究が活きているかもしれませんね。
「五感に感じることができる画期的な大麦」を開発せよとのミッション。
楯)廣田さんが開発された大麦はどんな性質を持つのでしょうか。
廣田)まず簡単に言うと、ビールのおいしさを損なう原因のひとつがビール成分の酸化です。ビールは作られてからの時間経過とともに酸化し、「段ボール臭」と言われる不快な香りが発生します。その酸化を引き起こす酵素の一つが、大麦が持っているリポキシゲナーゼ−1(通称LOX-1)です。LOXレス大麦は、通常の大麦が持っているビールを劣化させる原因となる酵素LOX-1を持たない大麦なのです。そこから作られている大麦なので、酸化させる(おいしさを損なう)原因を持たない=おいしさが長く続くので「旨さ長持ち麦芽」というネーミングになっています。
楯)なるほど!すごいですね。そんなすごい大麦を開発することになったきっかけを教えてください。
廣田)私は研究員なので、自分の研究テーマを持って研究したり論文を書いたりしているのですが、1999年に当時の上司から「五感で分かるような画期的な大麦」を開発してほしいとのミッションを与えられました。しかもやり方もすべて自分に任せられており、今までずっと遺伝子分析をしていた自分に何ができるのだろうといろいろ考えましたね。
悩みつつ、いろいろな文献を読み漁った結果、一つの仮説にたどり着きました。それはビール製造から時間経過で「段ボール臭」が出てくる原因は大麦にあり、大麦の品種改良を行うことでビールの老化臭が減らせるかもというものです。というのも、以前から大豆では似た事例があって、昔から豆腐や豆乳で大豆の独特のえぐみや青臭さを消すために大豆の品種改良を行って改善していたのです。
もしかしたら大豆と同じやり方で大麦も改善できる可能性があるのではと思いました。その案を上司に提案したときは、もちろん前例もなく誰も結果が分からないので、とりあえずやってみようということになりました。
1000種類以上の大麦1粒1粒をハンマーでたたき割って分析する日々・・・
楯)いざ研究が始まって、その後は順調だったのでしょうか。
廣田)全然です。仮説は立てましたが、まずはその可能性のある大麦候補を見つけてからでないと研究に移れないので、見つけないとそもそも始まらないんですよ。研究所内の報告会でずっと今回は進捗ありませんって言い続けるのはつらかったですね。
1万種類以上の大麦を保有する岡山大学から研究室にサンプルを取り寄せて、1粒1粒ハンマーでたたき割って液剤に浸して待つという地道な実験の日々でした。あまりに大変すぎて、最後は会社にお願いして粉砕機を買ってもらいましたが・・・あの時は他の研究分野も同時並行でやっていたので、なんとか精神が保てましたね笑。結局、1000種類以上実験して、それらしい大麦候補が見つかるまで2年がかかりました。
楯)可能性のある大麦を見つけるまでに2年も!すごく根気のいる実験でしたね・・・見つけたときはどんな気持ちでしたか。
廣田)やったーという感じではなかったですね。たまたま何かの間違いかもしれないと思ったり。結論付けるには複数回繰り返さないと再現性があるか分からないのでぬか喜びしないようにしていました。結果的にその大麦の苗を次の年に植えて、また同じ性質を持っていることが証明できたのですが。
楯)2年間かけて、やっと見つけてもまだ気が抜けないってことですね・・・僕なら大喜びしちゃいそうです。
廣田)というのも候補が見つかってからの方が大変でした。その後は特許を取るための研究や学会発表の準備を短期間で進めなければならず、遺伝子解析などの重要なデータや材料をそろえるためにとっても苦労しました。今思い出しても本当に大変な数か月でしたね。
その後は社内の他部署メンバーにも協力してもらいながら、醸造試験と交配による実証実験を繰り返してようやく2003年に特許出願、学会発表もできました。目的の大麦を見つけるまで2年、見つけてから発表するまでさらに2年くらいかかりました。2008年に「CDCポーラスター」という品種がカナダにおいて世界初のLOXレス大麦として品種登録されました。研究開始から10年くらいかかりましたね。
主力商品に使われる原料に成長。そして後輩たちの手により世界に広がる・・・
楯)のべ、10年ですか~この10年間の研究期間で一番うれしかった瞬間っていつですか。
廣田)やっぱり2011年にサッポロ生ビール黒ラベルに「旨さ長持ち麦芽」として初めて使用された時でしょうか。ビールが大好きで入社したので自分が開発に携わった原料が主力商品の黒ラベルに使われたのが一番うれしく感慨深かったですね。当時、親しい友人には自慢しましたね笑
楯)今、廣田さんの後輩たちがLOXレス大麦を世界中に広めていますが、自分の開発した品種が世界に伝わっていくのはどんな気持ちですか?
廣田)自分の見つけた種の子孫が世界に広まっていくのは、自分の子供が手を離れて、独り立ちして歩き出しているような感じがしてとても感慨深いですね。あとは後輩たちには今後、気候変動などでいろんな問題が出てくると思いますが、それに負けずにさらに良い大麦を研究開発して、20年後30年後も高品質な原料で、おいしいビールを作り続けてほしいと思います。昨今、大麦も気候変動の危機にさらされているので、将来サッポロの研究者が気候変動から世界の大麦を救ったと言われるようになったらうれしいですね。
最後に
いかがでしたでしょうか。
五感で分かるような画期的な大麦を開発せよとの指令によって誕生した「旨さ長持ち麦芽」。一人の研究員の長年にわたる研究から始まり、今ではサッポロの主力商品「サッポロ生ビール黒ラベル」に一部使用され、特長である飲み飽きないおいしさに貢献しています。ビールは大規模工場で作られる工業製品のイメージが強いですが、ビールの味わいの骨格を支えているのは原料であり、農業製品であることを今回の取材を通じて感じました。次にサッポロ生ビール黒ラベルを飲むときは、「旨さ長持ち麦芽」の開発エピソードを思い浮かべながら、ビールの中にある旨さをじっくり味わいたいと思います!
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サッポロビール広報部楯 優作(日本ビール検定1級保有)