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保護したロバのミルクからつくった超高級チーズの味わい

とても高価な理由は、セルビアに行かなければ食べられないほどの希少なチーズだからです。

ロバのミルクから作った“ドンキーチーズ”の生産者、スロボダン・シミッチ氏は、チーズについて語るよりも、私の「気を測る」のに夢中な印象でした。元国会議員のシミッチ氏は、白髪交じりの長い髪と鋭い青い瞳が印象的な67歳。首都ベオグラードから西へ約80キロのところにあるロバ牧場付属のレストランの席に着くやいなや、鎖がついた3センチ弱の金属製オベリスクを取り出すと、人差し指で私を指差しつつ、壊れたメトロノームのようにランダムに揺れ動くオベリスクの動きに全神経を集中します。

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ドンキーチーズは、保護されたロバのミルクで作ったのがその起源です Ivana Larrosa

そこに、シミッチ氏の古くからの親友で警察署長を務めたこともあるヨヴァン・ヴカディノヴィッチ氏(白い口髭を蓄えた俳優ウィルフォード・ブリムリーによく似ています)が、全員分のラキヤ(主にバルカン半島で飲まれる、胃が焼けるように強烈なフルーツブランデー)を手に近づいてきます。

「この男はイカれてるんだ」とヴカディノヴィッチ氏は、真剣に私の気を感じとろうとしているシミッチ氏を指差していいます。「彼が何か思いついた時は口を挟まないことにしている。彼がやろうといったことはたいてい正しいから、好きなようにさせるんsだ。最近のアイデアも大成功だった」

ヴカディノヴィッチ氏がいう最近の「イカれたアイデア」とは、ロバのチーズを作ることでした。世界一高価なチーズの1つとして有名になった「ドンキーチーズ」は、名前こそ90年代のオルタナ学生バンドみたいですが、ザサヴィカ自然保護区では本当に作られています。実のところ、このクリーミーで美味なロバミルクのチーズを購入できるのは世界でもここだけです。

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ドンキーチーズを発明した、スロボダン・シミッチ氏 Ivana Larrosa

そもそもの始まりは、1997年にシミッチ氏が農園で不当に酷使されていたバルカン・ロバたちを救出し、ザサヴィカ自然保護区に連れてきたことでした。今では300頭を飼育しています。「石けんや保湿剤、ロバミルク風味のラキヤまで、ロバのミルクを使って色々な製品を作ってみました」と、気に反応して揺れるというオベリスクから顔を上げてシミッチ氏はいいます。昔からバルカン半島では、ロバのミルクは免疫力を上げてくれるうえに、肌にも良い健康食品とされてきました。

かのクレオパトラもロバのミルクのお風呂を愛用していましたし、ヒポクラテスもリウマチの治療に飲んでいたといわれています。シミッチ氏によると、ロバのミルクと母乳は成分が非常に近く、母乳が出ない場合は新生児にロバのミルクを飲ませることを薦める医師もいるそうです(赤ちゃんが発した最初の声が馬のように「ヒヒーン」だったらなおさらです)。

「いつもミルクが余るのでもったいないと思っていたところ、数年前に、このミルクでチーズを作ったらどうだろうか、と思いついたのです」とシミッチ氏はいいます。

早速チーズ作りに取り掛かったシミッチ氏ですが、“言うは易く行うは難し”で、最初は本当に大変な作業だったといいます。まずはミルクが出ている牝ロバ20頭前後を1日3回手作業で搾乳します。牝牛1頭からは1日あたり70リットル近くの牛乳を搾ることができますが、牝ロバは平均たったの5リットルしかミルクを出しません。100グラムのドンキーチーズを作るには30リットルものミルクが必要なのにも関わらず、です。

ドンキーチーズをドンキーソーセージに合わせる Ivana Larrosa

ロバのミルクは生産量が非常に少ないだけでなく、チーズを作る際に“つなぎ”として作用するたんぱく質のカゼインの含有量が極めて低くいため、固まりにくいのも特徴です。そこでシミッチ氏はこれまた奇想天外なアイデアを思いつきました。パイプをくゆらせながら次のように振り返ります。「あまりにもクレージーなアイデアだったので、自分以外のクレージーな人を見つけようと思いついたのです」

こうしてシミッチ氏は、ベオグラードで長年ロバのミルクを研究してきた科学者、ステヴァン・マリンコヴィッチ氏と出会いました。こうして2人は、ロバのミルク50%、山羊のミルク40%、レネット、秘密の添加物を少々というレシピを考案したのです。出来たチーズは型に注いで24時間ほど固め、その後1カ月間熟成させます。

「その成果がこれです」といいながら、シミッチ氏は前面に「ドンキーチーズ」と書かれたピラミッド型の金色の箱を披露してくれました。ゴルフボールほどの大きさで50ドル(約5500円)もするチーズを、ロバの肉で作ったドンキーソーセージに添えていよいよ試食です。ちなみに、この牧場ではロバを殺して食肉にすることはないといいます。ただ「攻撃的すぎる雄のロバは、翌日にはソーセージになるんだ」とシミッチ氏がこっそり教えてくれました。

近くにいたウェイターがセルビア産のタムヤニカ・ワインが入ったグラスを運んできてくれます。このチーズに一番合うのは、シトラスを感じさせるさっぱりとした風味のこの白ワインだとシミッチ氏は太鼓判を押します。ドンキーチーズの小さなかけらを爪楊枝で刺して口に入れてみると、その味は、甘さとしょっぱさの絶妙なバランスと新鮮な草の香りが心地よい、クリアなテイストのセミソフトチーズでした。

金色の箱の中にドンキーチーズが Ivana Larrosa

ドンキーチーズが世界一高価なチーズにランクインしている理由は、その味が傑出しているからだけではありません。ロバミルクの生産量が非常に少なく、そもそもドンキーチーズがほとんど作られていないからこその値段なのです。ちなみに300グラム約1000ドル(約11万円)で販売されています。ギネス世界記録によると、世界一高価なチーズは1キロあたり約1万1000ドル(約120万円)もする、スペイン・アストゥリアス州のブルーチーズ「カブラレス」だそうです。

現在、ドンキーチーズを食べるにはセルビアまで行くしかありませんが、世界でも希少なチーズを食べるためだけに、足を運んでいられないという方にとって、もう一つの貴重な情報を紹介しましょう。本当かどうかは定かではありませんが、シミッチ氏によると「ドンキーチーズは自然が作り出した媚薬」でもある、とのことです。

とにかくシミッチ氏はこのチーズに大きな期待を寄せています。「私たちはドンキーチーズを世界でも超一流のチーズにしたいと思っています」。気を測るオベリスクを片付け、パイプを吸い込んだ後、空っぽになったドンキーチーズの皿を見て、シミッチ氏はそう意気込みを語りました。「しかし、あなたの食欲は気と同じくらい素晴らしいですね」

この記事はFood & Wineのデイビッド・ファーレイが執筆し、 Industry Dive パブリッシャーネットワークを通じてライセンスされています。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@industrydive.comまで。

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