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明治時代の恵比寿停車場は、今のJR恵比寿駅と同じ場所?―サッポロビール 社史相談室―

<登場人物>

サッポロビール㈱社史相談室/社史原ノリ子
入社3年目。社史(会社の歴史)に関するよろず窓口。普段は社史室にこもって黙々と仕事をしているが、相談を受けるとノリノリになる。愛称はシャッシー。
サッポロビール㈱東京外食営業部/営業マン太郎
入社3年目。東京中を飛び回る営業マン。社史、特に自社商品の歴史に関する知識を身に付け、営業活動に活かしたいと考えている。シャッシーとは同期入社。愛称はマン太郎。
※この記事に登場する人物や部署は実在しません。しかし、サッポロビールの社史に関する話は、事実に基づいたものです。
恵比寿停車場は現在のJR恵比寿駅?
シャッシー!教えてくれ~!
あ、マン太郎くん。また何かあったの?
うん。先日、お得意先の方が、YEBISU BREWERY TOKYOを訪問されてさ。すごく楽しんでいただけたようで、その話をしていたら、ミュージアムエリアに展示されているこの写真について質問されたんだ。

あ~恵比寿停車場ね。この停車場は1901(明治34)年に開設されたビール専用の貨物駅だけど、お客様のご質問は?
うん。「この恵比寿停車場の場所は、今のJR恵比寿駅と同じですか?」って聞かれたんだ。それで「たぶん、そうだと思いますが、正確なところはちょっと調べてみます。」って答えたんだ。
なるほど。
実際のところ、どうなんだ?
実はね、恵比寿停車場の正確な位置を示す資料は社内に残ってないの。
な、なんだって~?!
ただね、写真を見る限り、今のJR恵比寿駅の場所とは違うと思う。
というと?
この写真では、線路の右側に工場が見えているでしょ?だから、今の恵比寿駅の場所とは違うと考えられる。

そうか!工場は今は恵比寿ガーデンプレイスになっているから、その横にあったということか。じゃあ今のJR恵比寿駅とはちょっと離れているな。
うん、写真を見る限り、そう考えられるね。まあ、ビール専用の貨物駅だから、工場の横にあるのは当然とも言えるけどね。だけど、やっぱり決定的な資料は見つからないんだよね。
それは意外だな。社史的にも重要な場所だろ?何とか解明できないのか?
うん。なんだか社史担当として、ちょっと血が騒いできた~!よし、図書館行ってくる!
おーーー!何かわかったら教えてくれ~。
図書館で見つけた『停車場変遷大事典』
(後日)
マン太郎くん!図書館で、いい資料見つけちゃった♪それはこれよ!『停車場変遷大事典』!

全2巻合わせて1,788ページ。恵比寿停車場の位置を解明する決め手になった資料です。
うわっ、重っ!筋トレにも使えそうだ。
この一冊に全国の停車場の歴史が詰まっているの。この本のデータに基づけば、恵比寿停車場の変遷や正確な位置がわかるよ。
ほ~。じゃあ、その本に書かれていることを説明してくれ。
『停車場変遷大事典』からわかったこと
オッケー!じゃあ、まずは、この表を見て。これは、この本に載っている恵比寿停車場の変遷を抜粋したものよ。

お~!何が書いてあるんだ?
一番上の行から行くと、恵比寿停車場は1901(明治34)年2月25日に開設された。
2月25日って、1890(明治23)年にヱビスビールが発売になった日だね。現在は、日本記念日協会に「ヱビスの日」として認定されている記念日だ。
そうね。恵比寿停車場の開設日も、その日に合わせてきた可能性があるね。
なるほど。で、表の「隣接駅間距離」というのは、どう見たらいいんだ?
最初の行に「目黒0M39C+1M17C渋谷」ってあるでしょ?これは、恵比寿停車場の位置は、目黒駅から、39チェーン、渋谷駅から1マイル17チェーンの距離にあるということなの。
隣の駅からの距離で、恵比寿停車場の位置が割り出せるということだな。
そうね。で、恵比寿停車場は、5年後の1906年4月16日に移動するの。移動後の隣接駅間距離は「目黒067C+0M69C渋谷」。ということは、渋谷寄りに移動したってことね。そして、移動したその年の10月30日に恵比寿停車場は貨物駅から一般駅になる。つまり、貨物だけでなく旅客も扱う駅になったわけ。これが現在のJR恵比寿駅ということだね。
なるほど。そういう流れか。しかし、マイルとかチェーンとか言われても、その単位がなんだかわからないぞ。マイルな~。
そうね。馴染みが無い単位なんだけど、日本の鉄道では、この時代は距離の単位にマイル、チェーンを使用してきたの。 1マイルは80チェーンで、1チェーンはおよそ20メートル。 実際には、この写真のような鎖で距離を測っていたんだよ。

※京都鉄道博物館にて撮影
なるほど……これで測っていたのか。このチェーンが20メートルの物差しというわけだな。
恵比寿停車場の位置を地図上で確認
では、恵比寿停車場はどこにあったのか、 目黒駅からの距離をもとに地図で確認してみよう。
うん、確認しよう!
恵比寿停車場は目黒駅から39チェーン、つまり約780メートルの位置にあった。
目黒駅から780メートルだと、恵比寿停車場の場所は・・・あ!やっぱり恵比ガーデンプレイスの横だな。線路をはさんで、今の厚生中央病院の前あたりか。
そして1906年には、そこから渋谷側に移動する。
どのくらい動いたんだ?
67C-39C=28C、つまり移動距離は約560メートル。
560メートルも?!結構動いたな。
現在の地図で見ると、 ちょうど今のJR恵比寿駅の位置になるね。

お~まさにそうだね。ついに恵比寿停車場の位置が解明されたな。これで、ご質問のあったお得意先にも説明できるぞ。シャッシーありがとう。
うん。『停車場変遷大事典』のおかげね。これはもう宝の山!図書館でこの本を見つけた瞬間、「あった!」って思わず声が出そうになったよ。
確かにこれは貴重な本だな。ところで、工場から恵比寿停車場までは、どうやってビールを運んでいたの?
実はね…。社史室には、工場から恵比寿停車場へビールを運ぶ約120年前の映像が残っているの。
え?本物の映像!?
→次回『ビール工場の中をトロッコが走っていた』
<この記事を書いた人>
山根 一洋(Kazuhiro Yamane)
ビールの文化や歴史をわかりやすく伝えることをライフワークとする。サッポロビール株式会社勤務。一般社団法人日本ビール文化研究会にて「ビア検(日本ビール検定)」の企画・運営、公式テキスト『知って広がるビールの世界』の編集主幹を務める。
<社史相談室・記事一覧>
▲サッポロビールの歴史にまつわる知られざるエピソードをご紹介する連載です。
<画像>
※男女イラスト:iStock.com/wakashi1








